伊藤左千夫の生涯と代表作
野菊のような人を
- 生没
- 1864–1913
- 出身
- 千葉県
- 文学史
- 写生派
- Wikipedia
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略歴
1864年(元治元年)、上総国武射郡(現・千葉県山武市)に生まれる。本名幸次郎。上京して牛乳搾取業を営むかたわら和歌を志し、正岡子規に入門して、その「写生」の教えを受け継いだ。子規の没後は雑誌「馬酔木」「アララギ」に拠って短歌革新運動を担い、根岸短歌会・アララギ派の中心人物として、斎藤茂吉・島木赤彦ら多くの俊秀を育てた。1906年(明治39年)に「ホトトギス」へ発表した小説「野菊の墓」は、夏目漱石に激賞され、清純な抒情に満ちた純愛小説として広く愛読された。ほかに小説「隣の嫁」、歌集「左千夫歌集」などがある。1913年(大正2年)、脳溢血のため49歳で急逝した。
収録作品
- 野菊の墓 1906年(明治39年)1月
- 隣の嫁 1908年(明治41年)2月