野菊の墓(伊藤左千夫)のあらすじ・登場人物

政夫と民子の悲しき初恋

作者
伊藤左千夫
発表
1906年(明治39年)1月
初出
ホトトギス
種別
小説
ジャンル
  • 恋愛
  • 青春
舞台
  • 千葉県
文字数
33,541字
読了目安
約1時間7分
表記
新字新仮名

この作品について

歌人・伊藤左千夫が1906年(明治39年)、雑誌「ホトトギス」に発表した処女小説にして代表作。夏目漱石が「自然で、淡泊で、可哀想で、美しくて、野趣がある」と激賞した純愛物語である。千葉・矢切の旧家を舞台に、十五歳の少年・政夫と、二歳年上の従姉・民子との、清らかな初恋を描く。互いに惹かれ合いながらも、年上の女という世間の目と大人たちの思惑に引き裂かれ、民子は意に染まぬ嫁入りの末に世を去る。政夫が民子の墓に野菊を手向ける結末が、清冽な悲しみとともに胸を打つ。日本の抒情的純愛小説の古典である。

あらすじ

「後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない」——今は年をとった「僕」政夫が、十年余り前の忘れがたい初恋を回想する。舞台は、松戸から矢切の渡しを渡った小高い岡の上の旧家・斎藤家。母が長く病んでいたため、市川に住む従姉の民子が、看護と家事の手伝いに来ていた。政夫は小学校を出たばかりの十五歳、民子は十七歳。大の仲よしの二人は、いつしか淡い恋ごころを抱くようになる。だが、民子が年上であることをめぐって、家の者や村の口さがない噂が二人の仲を引き裂きにかかる。政夫は勉学のため家を離れて中学へやられ、その間に、民子は親の決めた縁談を、意に染まぬまま受け入れさせられてしまう。そして——嫁いだ民子は、政夫を思う心を秘めたまま、はかなく世を去る。民子が政夫の写真と手紙を胸に抱いて死んだと知った政夫は、彼女の墓に、七日のあいだ通いつめて野菊を一面に植える。「民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている……幽明遙けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ」。若く清らかな恋の、あまりに切ない結末を、野の花のような淡さで描いた不朽の名作である。

登場人物

人物相関図

野菊のような人と竜胆のような人奥の一間で病臥している母乳呑児から育てたが嫁にはさせない注意を吹き込み小言を引き出す間がな隙がな言い、市川へ帰す夫婦。陰口に同調して笑う斎藤家の当主。言葉を持たない兄留守中の一部始終を涙ながらに語る無慈悲であったと政夫に詫びる左手の包みを見つける押し切られて嫁ぐ市川の某という家墓前で最期の一部始終を語る祖母。最期を看取る冷やかしが村の噂になり小言を招くまさおのあに政夫の兄斎藤家の当主あによめ政夫が意地曲りと呼ぶ兄の妻まさおのはは政夫の母斎藤家の女主。血の道で病臥しているたみこのちち民子の父戸村家の当主たみこのはは民子の母戸村家の女主おますお増斎藤家の作女。人が好く親切まさお政夫斎藤家の次男で十五歳の語り手たみこ民子市川の戸村家の娘。政夫より二つ年上とつぎさきのおとこ嫁ぎ先の男市川の某という家の主。名は最後まで出ないつねきち常吉馬を牽いて山畑に現れる村の男とむらのおばあさん戸村のお祖母さん民子の祖母
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 矢切の家──一重の垣
  5. 五 茄子畑の入日──恋の卵
  6. 六 十三夜の山畑──野菊と竜胆
  7. 七 矢切の渡し──永久の別れ
  8. 八 嫁入り──お増が語る留守中の事
  9. 九 六月二十二日──「スグカエレ」
  10. 一〇 墓前──野菊を一面に
  11. 一一 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

 後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣とは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余も過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。

『野菊の墓』伊藤左千夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

 民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている。民子は僕の写真と僕の手紙とを胸を離さずに持って居よう。幽明遙けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。

『野菊の墓』伊藤左千夫(青空文庫)

名文

「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

野で花を摘む場面、政夫が民子に告げる一言。淡い恋心を野の花にたとえたこの言葉が作品の代名詞となり、以来「野菊のような人」は清らかな娘をさす比喩として広く使われるようになった。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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