虞美人草(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
虚栄の女・藤尾をめぐる物語
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 198,379字
- 読了目安
- 約6時間37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 京都府
この作品について
漱石が教職を辞して朝日新聞社の専属作家となり、最初に連載した長編小説。1907年(明治40)6月から10月にかけて『朝日新聞』に連載された。美貌と才気を鼻にかける虚栄の女・藤尾を中心に、彼女をめぐる縁談と恋の駆け引きを、漢文調の華麗な美文で綴る。近代的な利己と虚栄を体現する藤尾に対し、道義を重んじる人物たちを配した、対照的な構図で進む。文章の絢爛さと主題性で当時大きな評判を呼び、職業作家・漱石の出発を告げた記念碑的な作品である。
あらすじ
京都の比叡山に登る二人の青年、甲野欽吾と宗近一の対話に物語は始まる。哲学者肌で厭世的な甲野には、腹違いの妹・藤尾がいる。藤尾は美貌と才気に恵まれた誇り高い女で、亡父が定めた許嫁である無骨な宗近一を軽んじ、洗練された秀才・小野清三に心を傾けていく。だが小野には、恩人の娘で献身的な小夜子という許嫁があった。金時計を餌に小野を釣ろうとする藤尾、義理と恋のあいだで揺れる小野、それぞれの縁談と打算が複雑に絡み合う。道義を説く甲野や、快活で誠実な宗近らが、虚栄に走る者たちを見つめるなか、事態はしだいに破局へと向かう。小野はついに藤尾を捨てて小夜子への義理を選び、藤尾は小野の告白と宗近の行動に衝撃を受けて倒れ、突然の死を遂げる。虚栄の女の悲劇的な最期をもって、道義の勝利と、喜劇に満ちた世の相とを、作者は醒めた筆で描き出すのだった。
登場人物
- 藤尾 美貌と才気を誇る虚栄の女。許嫁を疎んじ秀才の小野に惹かれるが、破局の末に悲劇的な死を遂げる
- 甲野欽吾 藤尾の異母兄。厭世的で道義を重んじる哲学者肌の青年
- 宗近一 藤尾の許嫁。快活で誠実な好人物
- 小野清三 藤尾に近づく秀才。恩人の娘・小夜子との義理との間で揺れる
- 小夜子 小野の許嫁。恩人の娘で控えめな女性
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
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- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 京都の春──叡山の二人
- 五 東京の家──謎の女と金時計
- 六 博覧会の夜──二つの世界が行き合う
- 七 破談の依頼──小野の逡巡
- 八 雨の日の対決──砕かれた金時計
- 九 結末──虞美人草の屏風
- 十 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
「随分遠いね。元来どこから登るのだ」と一人が手巾で額を拭きながら立ち留った。「どこか己にも判然せんがね。どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから」
「虞美人草」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
二ヵ月後甲野さんはこの一節を抄録して倫敦の宗近君に送った。宗近君の返事にはこうあった。――「ここでは喜劇ばかり流行る」
「虞美人草」夏目漱石(青空文庫)
名文
真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。やっつける意味だよ。やっつけなくっちゃいられない意味だよ。人間全体が活動する意味だよ。
終盤、宗近一が迷う小野に翻意を迫る場面の説諭。誠実に生きるとは何かを畳みかける、本作で最も広く引かれる言葉。
悲劇は喜劇より偉大である。
結末に置かれた甲野欽吾の日記の書き出し。藤尾の死を受けて作品全体の主題を宣言する評言として名高い。
死を忘るるものは贅沢になる。
同じ日記の一節。死を忘れた生の驕りがやがて道義を踏みにじるに至ると説く、藤尾の悲劇を貫く人生観。
「随分遠いね。元来どこから登るのだ」
甲野さんと宗近君が比叡山を登る場面から始まる書き出し。対照的な二人の青年の会話から、藤尾をめぐる人間模様が幕を開ける。
紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴たらしたるがごとき女である。
ヒロイン藤尾の登場を描く一節。漢語を連ねた華麗な美文で、紫の色に託して誇り高く妖艶な女性像を描き出す、本作の文体を象徴する箇所。
蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存のうちに無聊をかこつ。
博覧会の賑わいを描く第十一章の冒頭に置かれた文明批評。新しさに群がる人々と、忙しさのなかで退屈に苦しむ近代人の姿を、対句で鋭く言い当てる。
「ここでは喜劇ばかり流行る」
作品の最後の一行。甲野さんの日記「悲劇は喜劇より偉大である」に、ロンドンの宗近君が返した言葉で、悲劇を忘れがちな世の中への皮肉を残して幕を閉じる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。