吾輩は猫である(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
猫の目で笑う明治の知識人
- 作者
- 夏目漱石
- 発表
- 1905年(明治38年)1月
- 初出
- ホトトギス
- 種別
- 小説
- ジャンル
- 風刺
- 社会
- 舞台
- 東京都
- 文字数
- 318,778字
- 読了目安
- 約10時間38分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
夏目漱石の処女小説にして出世作となった長編小説。1905年(明治38年)1月、雑誌「ホトトギス」に発表され、好評のため翌年まで連載が続いた。中学教師・珍野苦沙弥の家に住み着いた名前のない猫の目を通して、飼い主とその友人たちの俗物ぶりや虚栄を軽妙な皮肉で描く風刺小説。明確な筋立てを持たない連作エッセイ的な構成ながら、機知に富んだ会話と警句の数々で明治の知識人社会を活写し、漱石文学の出発点となった。
あらすじ
名前のない一匹の猫が、中学教師・珍野苦沙弥の家に迷い込み住み着く。飄々とした観察眼を持つこの猫は、神経質で見栄っ張りな苦沙弥先生と、その家に出入りする友人たち――法螺話ばかりの美学者・迷亭、恋に浮かれる理学者・水島寒月、俗物じみた実業家・金田一家などを、皮肉たっぷりに観察し論評していく。苦沙弥先生の家をめぐる大小のいざこざ――泥棒騒動、隣家の中学生とのいさかい、金田家との対立などを通じて、明治の知識人社会の虚栄と滑稽さが軽妙に描き出される。物語に大きな筋立てはなく、猫の目を通した人間観察の連作として進むが、最後に猫はふとしたことでビールを舐めて酔い、誤って水甕に落ち、あがくのをやめて静かに死んでいく。
登場人物
- 吾輩 名前のない猫。珍野苦沙弥の家に住み着き、人間社会を皮肉たっぷりに観察する語り手
- 珍野苦沙弥 神経質で見栄っ張りな中学教師。吾輩の飼い主
- 迷亭 苦沙弥の友人。奇矯な言動と法螺話を得意とする美学者
- 水島寒月 苦沙弥の教え子。理学者で、令嬢との縁談に浮き足立つ
- 金田夫人 近隣に住む実業家一家の夫人。俗物的な鼻づまり声の持ち主として揶揄される
人物相関図
章ごとの「厳選あらすじ」
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- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 導入──名前のない猫、教師の家に住みつく
- 五 金田家という敵──鼻の一族
- 六 珍野家の日常──泥棒・鼠・銭湯
- 七 落雲館戦争と三つの処方箋
- 八 艶書事件と石地蔵
- 九 結末──ヴァイオリンと甕の中
- 一〇 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。
『吾輩は猫である』夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
「もうよそう。勝手にするがいい。がりがりはこれぎりご免蒙るよ」と、前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にした。次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても差支えはない。ただ楽である。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。
『吾輩は猫である』夏目漱石(青空文庫)
名文
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
日本文学で最も有名な書き出しの一つ。名も無き猫の視点から人間社会を眺める本作の趣向が、この短い二文に凝縮されている。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
冒頭に続く一節。出自も名前も持たない猫の来歴が、飄々とした語り口で始まる。
吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。
ビールに酔った猫が水甕に落ち、力尽きていく最期の場面。飄々と続いた長編を、静かな諦念と念仏で閉じる結び。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。