黴(徳田秋声)のあらすじ・登場人物

なし崩しの所帯と倦怠の記録

作者
徳田秋声
発表
1911年(明治44年)8月
初出
東京朝日新聞
種別
小説
ジャンル
  • 家族
  • 社会
舞台
  • 東京都
文字数
110,783字
読了目安
約3時間42分
表記
新字新仮名

この作品について

徳田秋声の代表作の一つで、日本の自然主義文学を確立したとされる長編小説。1911年(明治44年)8月から11月にかけて「東京朝日新聞」に連載され、夏目漱石の推挙により掲載された。駆け出しの物書きが身の回りの世話をする娘とただならぬ仲になり、なし崩しに所帯を持つに至る経緯とその後の倦怠を、感傷を排した現実主義の筆致で描く第一級の私小説である。

あらすじ

駆け出しの物書きである笹村は、身の回りの世話をしてくれていた雇い婆さんが田舎に帰ったため、その娘・お銀を代わりに雇い入れる。行き届いた若い娘の世話に居心地の良さを覚えるうち、婆さんが戻る前に二人はただならぬ仲になってしまう。まもなくお銀は身ごもり、笹村は依頼された大仕事に打ち込もうと牛込の下宿へひとり移るが、家のことが気にかかって仕事は一向にはかどらない。お銀は男児を出産し、二人はそのまま夫婦同然の暮らしを続けていくが、笹村の胸には落ち着かない気持ちがくすぶり続ける。ある日、ささいなことでお銀と言い争いになった笹村は、そのまま家を飛び出してしまうのだった。

登場人物

人物相関図

雇い婆さんの娘。子を産ませ入籍する母。堕胎を引き受けようとする留守が二人を結びつける三年越しの仲。養子の約束もあった十年来の友。女の件で絶交同然になる別れを勧めたのち意見を変える師。病床から大きな仕事を託す貸家に入れ、女から引き離そうとする家の重苦しさから逃れて通う相手長男。産む産まぬで揉めぬいた末の子産のたびに歯と体を損なう兄の医者。妹以上に愛していると映るエムせんせいM先生笹村の師。門下を集める大家。三十七で死ぬみやま深山同じ長屋に住む物書き。笹村より一歩先を行くビーB―谷中の俳友。世故に長けた年長の友人ケーK―少年時代の学友。貸家の差配をするささむら笹村駆け出しの物書き。胃を病み血を恐れるおぎんお銀雇い婆さんの娘。二十二歳の出戻りいそがい磯谷田舎の肥料問屋の子息。お銀の昔の男するがだいのおんな駿河台の女下宿に出ている商売女しょういち正一笹村とお銀の長男おぎんのははおやお銀の母親笹村の家に雇われている老女きんや欽也お銀の兄。医者でのち軍医となる
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 同居――雇い婆さんの娘
  5. 五 妊娠――「産れて来る子供の顔が」
  6. 六 牛込の下宿――M先生と、正一の誕生
  7. 七 入籍――なし崩しの夫婦
  8. 八 倦怠――二人目の子と、暴れる手
  9. 九 結末――出奔と、西那須行きの汽車
  10. 十 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

笹村が妻の入籍を済ましたのは、二人のなかに産れた幼児の出産届と、ようやく同時くらいであった。家を持つということがただ習慣的にしか考えられなかった笹村も、そのころ半年たらずの西の方の旅から帰って来ると、これまで長いあいだいやいや執着していた下宿生活の荒れたさまが、一層明らかに振り顧られた。あっちこっち行李を持ち廻って旅している間、笹村の充血したような目に強く映ったのは、若い妻などを連れて船へ入り込んで来る男であった。九州の温泉宿ではまた無聊に苦しんだあげく、湯に浸りすぎて熱病を患ったが、時々枕頭へ遊びに来る大阪下りの芸者と口を利くほか、一人も話し相手がなかった。

『黴』徳田秋声(青空文庫)

末尾部(原文より)

「旦那、ほんとに日光へ連れて行って下さいね。」女の口には金歯が光った。声もしゃがれたようであった。女は昨夜の挨拶にそこへ来ているのであった。午後に笹村は、長く壁にかかっていた洋服を着込んで、ふいとステーションへ独りで出向いて行った。そしてちょうど西那須行きの汽車に間に合った。

『黴』徳田秋声(青空文庫)

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