徳田秋声の生涯と代表作
ありのままの名人
- 生没
- 1872–1943
- 出身
- 石川県
- 文学史
- 自然主義
- Wikipedia
- Wikipedia
略歴
1872年(明治5年)、石川県金沢生まれ。本名は末雄。尾崎紅葉の門下生として硯友社に列するが、1903年(明治36年)の紅葉没後は写実的な作風へと転じ、田山花袋・島崎藤村らとともに自然主義文学を代表する作家となった。夫婦の倦怠と情痴を淡々と描いた「新世帯」で作風を確立し、「黴」「あらくれ」など、感傷を排した即物的な筆致で庶民の生活の実相に迫る作品を次々に発表した。晩年には「仮装人物」で菊池寛賞を受賞した。「縮図」は1941年に「都新聞」で連載を始めたが、情報局の干渉により中断され、未完となった。高浜虚子の依頼による「新世帯」、夏目漱石の推薦による「黴」の連載など、流派を越えた文壇との関わりも深い。1943年(昭和18年)、71歳で死去した。