尾崎紅葉の生涯と代表作
涙も金色
- 生没
- 1868–1903
- 出身
- 東京都
- 文学史
- 擬古典主義
- Wikipedia
- Wikipedia
略歴
1868年(慶応3年)、江戸芝生まれ。本名は徳太郎。父は根付師の尾崎谷斎。山田美妙・石橋思案らと文学結社「硯友社」を興し、機関誌「我楽多文庫」を創刊して文壇に登場した。「二人比丘尼色懺悔」で認められ、雅俗折衷の流麗な文体と巧みな構成で幸田露伴と並び称される一時代を築く。「伽羅枕」「三人妻」「多情多恨」などを発表し、読売新聞専属の人気作家として活躍した。泉鏡花、徳田秋声、小栗風葉、柳川春葉ら多くの門下生を育て、「紅葉山脈」と呼ばれる文壇の一大勢力を成した。晩年の大作「金色夜叉」を読売新聞に連載中、1903年(明治36年)、胃癌のため35歳で死去し、作品は未完のまま残された。
収録作品
- 鬼桃太郎 1891年(明治24年)10月
- 金色夜叉 1897年(明治30年)1月
- 硯友社の沿革 1901年(明治34年)1月