破戒(島崎藤村)のあらすじ・登場人物
素性を隠せという父の戒め
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 社会
- 心理
- 文字数
- 202,968字
- 読了目安
- 約6時間46分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長野県
この作品について
島崎藤村が1906年(明治39年)3月、緑蔭叢書の第一編として自費出版した長編小説。信州飯山の小学校で教える瀬川丑松は、被差別部落の出身であることを周囲に隠している。父から受けた、生まれを人に明かしてはならないという戒めが、その生活を支えると同時に重荷にもなっている。下宿先で差別による騒ぎが起こり、丑松が寺の一室へ転居しようとするところから物語が始まる。寺町の古い家並み、雪への備え、小学校の白い建物などを細かく描き、一人の教師が暮らす町の姿を示す。その日常の中に、同僚との関係や土地の噂、人々の身分へのこだわりが入り込む。登場人物の会話と丑松の胸中を往復しながら、差別が仕事や住まい、他人との付き合いにまで及ぶことを描く。巻頭には、刊行を支えた秦慶治と神津猛の二人に向けた献辞が置かれている。
あらすじ
信州飯山の小学校に奉職する青年教師・瀬川丑松は、被差別部落の出身でありながら、その素性をひた隠しにして生きている。「わが素性を人に明かすな」という父の厳しい戒めを守り、教師としての務めに励む一方で、同じ境遇に生まれながら堂々と身分を公表して差別と闘う思想家・猪子蓮太郎に強く心を惹かれていく。やがて父の訃報に接し、敬愛する蓮太郎が非業の死を遂げるに及んで、丑松の胸のうちで「隠す」ことへの苦しみと自己欺瞞への嫌悪はいよいよ募っていく。ついに彼は、教え子たちの前で自らが穢多の子であることを告白し、父の戒めを破る。真実に殉じた丑松を待っていたのは、教壇を追われる運命であった。それでも偽りを捨てて生きようとする青年の姿に、藤村は近代人の良心と社会の非情とを鋭く刻み込んだ。
登場人物
- 瀬川丑松 飯山の小学校に勤める青年教師。被差別部落の出身であることを隠して生きる主人公
- 猪子蓮太郎 みずからの素性を公表して差別と闘う思想家。丑松が敬愛し、その生き方に導かれる
- お志保 丑松が下宿する蓮華寺に身を寄せる娘。丑松がひそかに心を寄せる
- 土屋銀之助 丑松の親友の同僚教師。丑松の苦悩を案じ、支えようとする
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。
- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 導入──下宿を追われた大尽と『懴悔録』
- 五 天長節の夜──呼ぶ声と父の死
- 六 帰郷──牧場の墓と先輩との邂逅
- 七 言い得ぬまま──屠牛場と上田の別れ
- 八 迫る秘密──高柳の取引と町の噂
- 九 蓮太郎の死と破戒
- 十 結末──雪の千曲川を去る
- 十一 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
蓮華寺では下宿を兼ねた。瀬川丑松が急に転宿を思ひ立つて、借りることにした部屋といふのは、其蔵裏つゞきにある二階の角のところ。寺は信州下水内郡飯山町二十何ヶ寺の一つ、真宗に附属する古刹で、丁度其二階の窓に倚凭つて眺めると、銀杏の大木を経てゝ飯山の町の一部分も見える。さすが信州第一の仏教の地、古代を眼前に見るやうな小都会、奇異な北国風の屋造、板葺の屋根、または冬期の雪除として使用する特別の軒庇から、ところ/″\に高く顕れた寺院と樹木の梢まで――すべて旧めかしい町の光景が香の烟の中に包まれて見える。
「破戒」島崎藤村(青空文庫)
末尾部(原文より)
斯う言つて、名残を惜む生徒にも同じ意味の言葉を繰返して、やがて丑松は橇に乗らうとした。 『御機嫌よう。』 それが最後にお志保を見た時の丑松の言葉であつた。 蕭条とした岸の柳の枯枝を経てゝ、飯山の町の眺望は右側に展けて居た。対岸に並び接く家々の屋根、ところ/″\に高い寺院の建築物、今は丘陵のみ残る古城の跡、いづれも雪に包まれて幽かに白く見渡される。天気の好い日には、斯の岸からも望まれる小学校の白壁、蓮華寺の鐘楼、それも霙の空に形を隠した。丑松は二度も三度も振向いて見て、ホツと深い大溜息を吐いた時は、思はず熱い涙が頬を伝つて流れ落ちたのである。橇は雪の上を滑り始めた。
「破戒」島崎藤村(青空文庫)
名文
蓮華寺では下宿を兼ねた。
説明を省き、場面だけを差し出す簡潔な第一行。出自を隠して生きる青年教師・瀬川丑松の告白へ向かう、日本自然主義文学の記念碑的長編の幕開け。
一生の秘訣とは斯の通り簡単なものであつた。『隠せ。』――戒はこの一語で尽きた。
素性を明かすなという父の戒めを丑松が思い返す場面。この一語を守るか破るかの葛藤が、告白へ向かう物語の全体を貫いている。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。