菊池寛の生涯と代表作
文壇の仕掛け人
- 生没
- 1888–1948
- 出身
- 香川県
- 文学史
- 新思潮派
- Wikipedia
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略歴
1888年(明治21年)、香川県高松生まれ。高松藩儒学者の家系に生まれるが家は貧しく、苦学の末に京都帝国大学英文科を卒業した。第一高等学校時代からの友人である芥川龍之介・久米正雄らと「新思潮」の同人として文学活動を始め、1916年(大正5年)には第四次「新思潮」に参加した。戯曲「父帰る」や短編「恩讐の彼方に」で作家としての地位を確立した。1920年(大正9年)発表の通俗小説「真珠夫人」の大評判により人気作家となる。1923年(大正12年)には雑誌「文藝春秋」を創刊して経営者としても手腕を発揮し、横光利一ら多くの新人作家を世に送り出した。1935年(昭和10年)、夭折した芥川龍之介と直木三十五を記念して芥川賞・直木賞を創設し、以後の日本文学界に大きな足跡を残した。日本文藝家協会の初代会長を務め、著作権の擁護や作家の地位向上にも取り組んだ。創作だけでなく、雑誌・文学賞・作家団体という文学を支える仕組みづくりにも大きな役割を果たした。1948年(昭和23年)、心臓麻痺のため59歳で急逝。
収録作品
- 蘭学事始
- アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ
- アラビヤンナイト アリ・ババと四十人のどろぼう
- アラビヤンナイト 船乗シンドバッド
- 屋上の狂人 1916年(大正5年)
- 身投げ救助業 1916年(大正5年)9月
- 三浦右衛門の最後 1917年(大正6年)
- 父帰る 1917年(大正6年)1月
- 無名作家の日記 1918年(大正7年)
- 若杉裁判長 1918年(大正7年)
- 忠直卿行状記 1918年(大正7年)9月
- 志賀直哉氏の作品 1918年(大正7年)11月
- 藤十郎の恋 1919年(大正8年)
- 恩讐の彼方に 1919年(大正8年)1月
- 勝負事 1920年(大正9年)
- 形 1920年(大正9年)1月
- 真珠夫人 1920年(大正9年)6月
- マスク 1920年(大正9年)7月
- 島原心中 1921年(大正10年)
- 仇討三態 1921年(大正10年)
- 入れ札 1921年(大正10年)2月
- 芥川の事ども 1927年(昭和2年)9月