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恩讐の彼方に(菊池寛)のあらすじ・登場人物

岩壁を前に罪の償いを問う

  • 詳細なあらすじ
  • 人物相関図
  • 心理
  • 歴史

菊池寛 1919年(大正8年)1月 「中央公論」

文字数
22,793字
読了目安
約46分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 大分県

この作品について

1919年(大正8年)1月、『中央公論』に発表された菊池寛の短編小説。豊前の耶馬渓で、山国川沿いの難所に青の洞門を開いた僧・禅海の事績に着想を得ている。人を殺して逃げた市九郎が、罪を負った身でどのように生きるかを、出家や人々の往来に関わる仕事を通して描く。過去の行為への責任と、目の前の人を助ける行為とを、一人の生の問題として結びつけている。人物の心が動く理由を明快に示し、山道や岩壁、仕事に要する年月といった具体的な条件が、その思いの重さを支える構成である。実在の禅海の伝記をそのまま小説にしたものではなく、罪や敵討ちをめぐる筋には菊池の創作が加えられている。翌1920年には作者自身が『敵討以上』の題で戯曲化した。史実から人間の倫理を問う物語を組み立てる、菊池の作風を示す作品である。

あらすじ

主人の妾お弓と通じ、主人に斬りかかられて斬り返した市九郎は、お弓とともに出奔して盗賊に身を落とす。ある時、若い旅の夫婦を殺した市九郎は、お弓が女の遺体から装身具を奪おうとする姿に、自分たちの悪事のおぞましさを思い知る。お弓のもとを去って出家し、了海と名を改め、諸国を巡る。旅の途中、山国川沿いの断崖にかかる鎖渡しで多くの旅人が命を落とすのを見た了海は、この岩壁に人の通れるトンネルを掘り抜くことを発願し、たった一人でその大事業に取りかかる。一方、了海がかつて斬殺した男の息子・実之助は、父の仇を討つべく成長し、諸国を巡ってついに了海の消息を突き止める。仇と対面した実之助に、了海は討たれる覚悟を示すが、石工の棟梁らは完成まで待ってほしいと請う。実之助は待つことを承知し、やがて了海のひたむきな姿に心を動かされ、工事を手伝いながら機を待つことにする。一年半が過ぎ、二十一年の悲願が成就し、岩壁に穴が通ると、二人は手を取り合って喜びの涙にむせぶ。その後、了海は約束の日が来たとして実之助に自分を斬るよう促すが、実之助は涙にむせび、座ったままでいた。

登場人物

人物相関図

不義を咎めて斬りつけ、返り討ち三歳の遺児本懐を遂げれば家を再興すると約す共に逐電し悪の拍車を加える鳥居峠から追い二人を手にかける敵と敵。相並んで槌を振る生きて衆生を救えと教化し得度させるその死が大誓願を起こさせる洞門が通じるまで命を預けよと哀願持地菩薩と仰ぎ身を挺して庇う寄進して石工を送るなかがわさぶろべえ中川三郎兵衛浅草田原町の旗本。市九郎に討たれるなかがわけのしんるい中川家の親類遺児を養い育て、一家再興を託すおゆみお弓三郎兵衛の寵妾。茶屋の女中上がりの莫連者いちくろう(りょうかい)市九郎(了海)越後柏崎の生まれ。主殺しを悔いて出家した僧じつのすけ実之助三郎兵衛の遺児。柳生の免許皆伝を受けた武士たびのわかふうふ旅の若夫婦信州の豪農の夫婦。木曾街道で殺されるかきざかごうのまご柿坂郷の馬子鎖渡しの中途から落ちて死んだ男せっくのとうりょう石工の棟梁開鑿を助ける石工たちの統領みょうへんだいとく明遍大徳美濃・浄願寺の住持。極重悪人をも捨てぬ僧ひだごうのさとびと樋田郷の里人嗤い、驚き、寄進しては倦む山国谷七郷の人々
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「詳細なあらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 発端──主殺しの夜
  5. 五 転落──鳥居峠の茶店と悪事の日々
  6. 六 悔悟──若夫婦の死と「頭のもの」
  7. 七 発心──浄願寺の得度と諸国行脚
  8. 八 大誓願──鎖渡しの難所と最初の一槌
  9. 九 孤独な歳月──嗤笑から驚異へ
  10. 十 仇──実之助の遍歴と対面
  11. 十一 結末──二十一年目の貫通
  12. 十二 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

市九郎は、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左の頬から顎へかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。自分の罪を――たとえ向うから挑まれたとはいえ、主人の寵妾と非道な恋をしたという、自分の致命的な罪を、意識している市九郎は、主人の振り上げた太刀を、必至な刑罰として、たとえその切先を避くるに努むるまでも、それに反抗する心持は、少しも持ってはいなかった。

「恩讐の彼方に」菊池寛(青空文庫)

末尾部(原文より)

「実之助どの。御覧なされい。二十一年の大誓願、端なくも今宵成就いたした」 こういいながら、了海は実之助の手を取って、小さい穴から山国川の流れを見せた。その穴の真下に黒ずんだ土の見えるのは、岸に添う街道に紛れもなかった。敵と敵とは、そこに手を執り合うて、大歓喜の涙にむせんだのである。が、しばらくすると了海は身を退って、 「いざ、実之助殿、約束の日じゃ。お切りなされい。かかる法悦の真ん中に往生いたすなれば、極楽浄土に生るること、必定疑いなしじゃ。いざお切りなされい」と、彼のしわがれた声が洞窟の夜の空気に響いた。が、実之助は、了海の前に手を拱いて座ったまま、涙にむせんでいるばかりであった。

「恩讐の彼方に」菊池寛(青空文庫)

名文

いざ、実之助殿、約束の日じゃ。お切りなされい。かかる法悦の真ん中に往生いたすなれば、極楽浄土に生るること、必定疑いなしじゃ。

二十年余りをかけて岩壁を掘り抜いた了海が、仇討ちに来た実之助に討たれることを求める言葉。罪を償い終えた者の澄みきった覚悟が胸を打つ。

二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった。

作品の結び。洞門の完成を前に、仇を討つ者と討たれる者が恩讐を超えて手を取り合い涙する。題名の「恩讐の彼方」が実現する場面。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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