李陵(中島敦)のあらすじ・登場人物
異国の地で問われる信念
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 33,947字
- 読了目安
- 約1時間8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1943年(昭和18年)7月の『文學界』に、遺稿として発表された中島敦の歴史小説。漢の武帝の時代、五千の歩兵を率いて北へ進む武将・李陵の行軍から始まる。荒涼とした土地に深く入り込んだ軍の状況を、地形や兵力、武器と食糧の具体的な条件から描き、人物の意志だけでは動かせない現実を示す。李陵を中心に、歴史を記す司馬遷、使節として異国に赴く蘇武の生き方を並べ、国家への務めと個人の思いとの関わりを探っていく。漢語を多く用いた引き締まった叙述に、人物の内面へ踏み込む問いや対話が重なり、古い時代の出来事を心の問題として読ませる。名誉や忠誠を一つの物差しで判断するのではなく、立場と境遇の異なる人々が、それぞれ何を拠り所にするかを描いた作品である。戦場の広さと、人が抱える孤独の両方に目を向けている。
あらすじ
漢の武将・李陵は歩兵五千を率いて匈奴の本拠地深くまで攻め入り、援軍のないまま奮戦を続けるが、矢が尽き、ついに捕えられて降伏する。生きて再起の機会を待とうとした李陵だが、怒った武帝は李陵の一族を皆殺しにし、漢への帰る道を絶たれた李陵は、匈奴の地で単于の厚遇を受けながらも屈辱と煩悶の日々を送る。一方、朝廷で李陵を弁護した史官・司馬遷は、その罪で宮刑(去勢の刑)に処せられる屈辱を受けながらも、後世に真実を伝えるため「史記」の執筆に命を懸ける。また、李陵より先に匈奴に囚われの身となった漢の使者・蘇武は、極寒の地で十九年にわたり羊を飼う辛苦に耐えながらも、決して節を屈しなかった。かつての同僚である蘇武の不屈の姿は、生きながらえた自らの弱さと重なり、李陵の心をいつまでも苛み続けるのだった。
登場人物
- 李陵 漢の武将。孤軍で匈奴に敗れて降伏し、帰る道を絶たれたまま異郷で生きる本作の主人公
- 司馬遷 漢の史官。李陵を弁護して宮刑に処せられながらも「史記」の執筆に生涯を懸ける
- 蘇武 漢の使者。匈奴に十九年間抑留されながら節を屈せず、李陵の心の鏡となる存在
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
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- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 浚稽山の孤軍──騎兵を伴わぬ北征
- 五 刀折れ矢尽きて──李陵の降伏
- 六 長安の朝議と司馬遷の宮刑
- 七 「述べて作らぬ」──史記に生きる司馬遷
- 八 胡地の李陵──一族誅殺と右校王
- 九 北海のほとりの蘇武
- 十 結末──三人それぞれの最期
- 十一 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉・李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜を発して北へ向かった。阿爾泰山脈の東南端が戈壁沙漠に没せんとする辺の磽たる丘陵地帯を縫って北行すること三十日。朔風は戎衣を吹いて寒く、いかにも万里孤軍来たるの感が深い。
「李陵」中島敦(青空文庫)
末尾部(原文より)
漢書の匈奴伝には、その後、李陵の胡地で儲けた子が烏籍都尉を立てて単于とし、呼韓邪単于に対抗してついに失敗した旨が記されている。宣帝の五鳳二年のことだから、李陵が死んでからちょうど十八年めにあたる。李陵の子とあるだけで、名前は記されていない。
「李陵」中島敦(青空文庫)
名文
漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉・李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜を発して北へ向かった。
史書をなぞるような堅固な書き出し。匈奴に降った李陵、節を守った蘇武、史記を書く司馬遷の三者を対置した中島敦の遺作。
想像を絶した困苦・欠乏・酷寒・孤独を、(しかもこれから死に至るまでの長い間を)平然と笑殺していかせるものが、意地だとすれば、この意地こそは誠に凄じくも壮大なものと言わねばならぬ。
北海のほとりで一人羊を飼い、漢への節を守り続ける蘇武の姿に、李陵が驚嘆する一節。匈奴に降った自らとの対比が、李陵の苦悩をいっそう深める。
原文を読む
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