夫婦善哉(織田作之助)のあらすじ・登場人物

大阪の腐れ縁夫婦の人情噺

作者
織田作之助
発表
1940年(昭和15年)4月
初出
海風
種別
小説
ジャンル
  • 心理
  • 恋愛
舞台
  • 大阪府
文字数
30,644字
読了目安
約1時間1分
表記
新字新仮名

この作品について

織田作之助が1940年(昭和15年)に「海風」へ発表した出世作にして代表作。大阪の下町を舞台に、しっかり者の芸者あがりの女・蝶子と、老舗の若旦那でありながら意気地なしで遊び好きの柳吉との、腐れ縁のような内縁の暮らしを描く。妻子と家を捨てた柳吉を甲斐性なしと知りつつ、蝶子は身を粉にして働き、二人はさまざまな商売に手を出しては失敗を重ねる。喧嘩と貧乏を繰り返しながらも離れられない二人の姿を、大阪弁のいきいきとした語り口と食べ物の匂いに包んで描く、上方の人情と庶民の生活を活写した名編である。

あらすじ

一銭天婦羅を商う種吉と、気丈な女房お辰のあいだに生まれた蝶子は、勝気で情の深い娘として育ち、やがて芸者に出る。その蝶子が惚れたのは、船場の化粧品問屋の若旦那・柳吉であった。柳吉には妻も子もあったが、彼はそれを捨て、蝶子と所帯を持つ。柔和で品はあるが、意気地がなく金遣いが荒く、いつまでも親の財産を当てにしている柳吉は、まるで頼りにならない。父親からは勘当同然に扱われ、家督は妹に譲られてゆく。それでも蝶子は、芸者やヤトナ(臨時の仲居)に出て甲斐性なしの柳吉を養い、剃刀屋、関東煮屋「蝶柳」と、二人でさまざまな商売に精を出す。よく働き、客あしらいも達者な蝶子に対し、柳吉は肝心なところで頼りにならず、稼いだ金を飛田の廓で使い果たしたり、都合が悪くなるとふらりと家を出て姿をくらませたりする。蝶子は怒り、泣き、時に馬乗りになって折檻しながらも、結局はこの甲斐性のない男から離れられない。柳吉の父が死んでも、柳吉は正式な跡取りとして認められず、二人は相変わらず寄る辺ない暮らしを続ける。それでも蝶子は、いつか天下晴れての夫婦になれる日を夢見て働き続ける。ある日、柳吉は蝶子を法善寺境内の「めおとぜんざい」へ誘う。ぜんざいが一人に二杯ずつ運ばれてくるのを前に、柳吉は「一杯を山盛りにするより、二杯に分けた方が沢山あるように見える」のだと講釈し、蝶子は「一人より女夫の方がええということでっしゃろ」と受ける。喧嘩の絶えない二人だが、まさにこのぜんざいのように、二人そろってこそ――そんな上方の夫婦の情を、しみじみとした可笑しみのうちに描き出す。

人物相関図

夫婦芸者に出す金を工面してやる娘の苦労を案じ子宮癌で死ぬヤトナに周旋し欺されていると諭す無利子でカフェの資金を出す弟。母の危篤を知らせる籍を入れぬまま十年連れ添う久離切っての勘当家督を妹に譲る夫婦。無心はこの夫が退ける姉はんと呼び百円を握らせる籍を抜いて実家へ帰り、肺で死ぬ父を悪い女に奪られたと教える引き取れぬまま案じる娘母親代わりに育てるたねきち種吉上塩町で一銭天婦羅を商う。人の好い父おたつお辰蝶子の母。借金取に芝居を打つりゅうきちのちち柳吉の父化粧品問屋の主人。十年以上中風で寝たきりおきんおきん高津のヤトナ周旋屋。もと北の新地の芸者ちょうこ蝶子芸者からヤトナ、女将、カフェのマダムへこれやすりゅうきち維康柳吉梅田新道の化粧品問屋の若旦那。妻子を捨てるふでこ筆子柳吉の妹。聟養子を迎えて家を継ぐいもうとのむこようし妹の聟養子筆子の夫。家の身代を預かるきんぱち金八芸者時代の朋輩。鉱山師の本妻に直るしんいち信一蝶子の弟。夕刊売りから質屋の年期奉公へりゅうきちのせんさい柳吉の先妻柳吉の妻。娘の母りゅうきちのむすめ柳吉の娘柳吉のひとり子。のち女学生
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 上塩町の一銭天婦羅屋──蝶子の育ち
  5. 五 出会いと勘当──化粧品問屋の若旦那
  6. 六 駈落ちと地震──東京・熱海から大阪へ
  7. 七 ヤトナと剃刀屋──二階借りの暮らし
  8. 八 折檻と出奔──飛田の廓、そして「芝居を打て」
  9. 九 関東煮屋「蝶柳」と果物屋
  10. 十 病と死──腎臓結核とお辰の最期
  11. 十一 「サロン蝶柳」──父の死と紋附
  12. 十二 結末──法善寺のめおとぜんざい
  13. 十三 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

 年中借金取が出はいりした。節季はむろんまるで毎日のことで、醤油屋、油屋、八百屋、鰯屋、乾物屋、炭屋、米屋、家主その他、いずれも厳しい催促だった。路地の入り口で牛蒡、蓮根、芋、三ツ葉、蒟蒻、紅生姜、鯣、鰯など一銭天婦羅を揚げて商っている種吉は借金取の姿が見えると、下向いてにわかに饂飩粉をこねる真似した。

『夫婦善哉』織田作之助(青空文庫)

末尾部(原文より)

 柳吉は蝶子を誘って、法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。ぜんざいを註文すると、女夫の意味で一人に二杯ずつ持って来た。碁盤の目の敷畳に腰をかけ、スウスウと高い音を立てて啜りながら柳吉は言った。「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。……一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいうことでっしゃろ」ぽんと襟を突き上げると肩が大きく揺れた。

『夫婦善哉』織田作之助(青空文庫)

名文

「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちう浄瑠璃のお師匠はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯にする方が沢山はいってるように見えるやろ、そこをうまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいうことでっしゃろ」

法善寺の「めをとぜんざい」で交わす結びの会話。一杯を二杯に分ける理由に夫婦のかたちを見て終わる、大阪市井小説の名高い幕切れ。

原文を読む

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