織田作之助の生涯と代表作
大阪の味と情
- 生没
- 1913–1947
- 出身
- 大阪府
- 文学史
- 無頼派
- Wikipedia
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略歴
1913年(大正2年)、大阪の生玉前町(現・大阪市天王寺区)に生まれる。第三高等学校を中退し、青春を放浪と文学に費やした。1940年(昭和15年)、大阪の庶民の生活をいきいきと描いた『夫婦善哉』で文壇に認められ、以後、故郷大阪の町と人情を独自の軽妙な語り口で描き続けた。井原西鶴に私淑し、既成の私小説的リアリズムに反旗をひるがえして小説の面白さと虚構性を追求した。戦後は太宰治・坂口安吾らとともに、頽廃と反逆に生きる「無頼派(新戯作派)」の旗手として脚光を浴び、『世相』『可能性の文学』などの問題作を旺盛に発表した。だがそのさなか、1947年(昭和22年)、肺結核のため33歳の若さで急逝した。「オダサク」の愛称で親しまれる。
収録作品
- 夫婦善哉 1940年(昭和15年)4月
- わが町 1942年(昭和17年)11月
- 木の都 1944年(昭和19年)
- 六白金星 1946年(昭和21年)3月
- アド・バルーン 1946年(昭和21年)3月
- 世相 1946年(昭和21年)4月