春琴抄(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

盲目の師と献身の弟子の愛

作者
谷崎潤一郎
発表
1933年(昭和8年)6月
初出
中央公論
種別
小説
ジャンル
  • 恋愛
  • 心理
舞台
  • 大阪府
文字数
46,331字
読了目安
約1時間33分
表記
新字新仮名

この作品について

谷崎潤一郎の代表作の一つで、1933年(昭和8年)に雑誌「中央公論」に発表された中編小説。実在したとされる盲目の音曲師・鵙屋春琴の伝記という体裁をとり、その芸と生涯を古老の伝聞や弟子の証言を織り交ぜながら語る。句読点を極力排した独特の文体で綴られ、支配し尽くす女と献身し尽くす男という、谷崎文学に通底するマゾヒスティックな官能美と、日本的な耽美の極致を示す作品として高く評価されている。

あらすじ

大阪道修町の薬種商の娘・鵙屋琴は、九歳で失明したのち三味線と琴の稽古に励み、稀代の名手となる。奉公人の少年・佐助は幼い春琴の手引き役を務めるうち、その芸と美貌に心酔し、みずから望んで彼女の弟子となる。気位が高く癇の強い春琴は佐助に厳しく当たるが、佐助はひたすら献身を尽くし、二人はやがて表向きは師弟のまま、内密に結ばれて子までなす。春琴は子を人に預けて師弟の体面を守り続けるが、ある夜、何者かに熱湯を浴びせられ美しい顔に痕を残してしまう。変わり果てた師の姿を見るに忍びない佐助は、自らの目を針で突いて盲目となり、心の中の美しい春琴の面影だけを永遠に留めることを選ぶ。以後、盲目同士となった二人はいっそう深い絆で結ばれて暮らし、春琴の死後も佐助は長く彼女を偲びながら生き、八十三歳で世を去った。

登場人物

人物相関図

師弟にして内縁の夫婦父。仕送りを続ける失明に狂せんばかりに嘆く音曲の師匠のち佐助も入門言い寄って撥で眉間を割られる娘を打たれ乗り込む内弟子。二人を間近で見た証言を聞き取るしゅんまつけんぎょう春松検校靱に住む音曲の師匠もずややすざえもん鵙屋安左衛門春琴の父。道修町の薬種商の主人春琴の母娘の失明を嘆き、子の始末を算段するりたろう利太郎土佐堀の雑穀商の忰。遊芸自慢の門人しぎさわてる鴫沢照十二歳で住み込んだ内弟子。唯一の生存証人もずやこと鵙屋琴薬種商の次女。九歳で失明し三味線と琴の師匠にぬくいさすけ温井佐助江州日野の薬屋の子。自ら両眼を突いて盲目に「私」二人の墓を訪ね、生涯を再構成する語り手下地ッ子の父撥で頭を打たれた芸者見習いの父
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 二つの墓と「鵙屋春琴伝」
  5. 五 失明と出会い──九歳の琴、十三歳の佐助
  6. 六 押入れの闇──弟子入りと烈しい稽古
  7. 七 拒まれた結婚──師弟のまま結ばれて
  8. 八 天下茶屋の梅見と三月晦日の夜
  9. 九 針で突いた両眼
  10. 十 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。せんだって通りかかりにお墓参りをする気になり立ち寄って案内を乞うと「鵙屋さんの墓所はこちらでございます」といって寺男が本堂のうしろの方へ連れて行った。

『春琴抄』谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

佐助が自ら眼を突いた話を天竜寺の峩山和尚が聞いて、転瞬の間に内外を断じ醜を美に回した禅機を賞し達人の所為に庶幾しと云ったと云うが読者諸賢は首肯せらるるや否や

『春琴抄』谷崎潤一郎(青空文庫)

名文

春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。

墓誌を読み上げるように事実だけを並べた書き出し。盲目の三味線師と弟子・佐助の常軌を逸した献身を、古文書めいた語りで淡々と起こす。

ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した

焼けただれた春琴の顔を見まいと、佐助が自ら目を突く場面。句読点を排した文体が、異様な献身を一息に語り切る。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品