こころ(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
人と心を通わせる難しさ
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 161,028字
- 読了目安
- 約5時間22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 神奈川県
この作品について
1914年(大正3年)4月から8月にかけて、東京・大阪の朝日新聞に連載された長編小説。『彼岸過迄』『行人』とともに漱石の後期三部作に数えられ、近代を生きる個人の孤独や、人間関係に潜む利己心を見つめた作品である。鎌倉の海岸で「先生」と出会った青年が、その人柄に惹かれて交際を深めていく。他者に近づきたいという願いと、容易には心を通わせられない隔たりが、日常の会話や細やかな心理描写に表れる。明治から大正への移り変わりを背景に、世代による価値観の違いや、人を信じることの難しさを問いかける。もとは複数の短編を「心」という共通の題でまとめる構想だったが、最初の一編が長くなり、独立した長編へと育った。同年9月に岩波書店から刊行された単行本は、漱石自身が装丁を手がけている。
あらすじ
大学生の「私」は鎌倉の海岸で「先生」と出会い、その人柄に惹かれて親交を深めていく。先生は世間と距離を置いて静かに暮らしており、その厭世的な態度の裏には何か暗い過去があるらしいことを私は感じ取る。やがて父の病のため帰郷した私のもとに、先生から長い手紙——遺書が届く。そこには先生の過去が綴られていた。学生時代、先生は親友Kと同じ下宿の御嬢さんに恋をした。Kから御嬢さんへの恋心を打ち明けられた先生は、先んじて御嬢さんとの結婚を取り決めてしまう。結婚の話を知ったKは自ら命を絶ち、先生はその死に責任を感じて生きていく。明治天皇の崩御と乃木大将の殉死を経て、先生は「明治の精神」に殉じるつもりで死を選ぶと手紙に記す。
登場人物
- 私 先生を慕う大学生。物語の語り手
- 先生 世間と距離を置いて生きる知識人。暗い過去を抱える
- K 先生の学生時代の親友。求道的な性格の書生
- 御嬢さん(静) 下宿先の娘。のちの先生の妻
- 奥さん 御嬢さんの母。下宿の女主人
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。
- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 上 先生と私(一)──鎌倉の海と雑司ヶ谷の墓
- 五 上 先生と私(二)──「恋は罪悪ですよ」
- 六 中 両親と私──父の病と、届いた分厚い手紙
- 七 下 先生と遺書(一)──叔父に欺かれた青年
- 八 下 先生と遺書(二)──小石川の家、お嬢さん、そしてK
- 九 下 先生と遺書(三)──Kの告白と、上野の「覚悟」
- 十 下 先生と遺書(四)──襖に迸る血潮
- 十一 結末──明治の精神に殉ずる
- 十二 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。
「こころ」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びないのです。妻が己れの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存して置いてやりたいのが私の唯一の希望なのですから、私が死んだ後でも、妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中に仕舞って置いて下さい。
「こころ」夏目漱石(青空文庫)
名文
私はその人を常に先生と呼んでいた。
「先生」と呼ぶ人への追想から静かに語り起こす書き出し。人間の孤独とエゴイズムを見つめた、漱石後期を代表する長編を貫く調子。
私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といい放ちました。これは二人で房州を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。
恋敵となったKへ、彼自身の言葉をそのまま投げ返す場面。この一言が友を追い詰め、「先生」の生涯の負い目となる。
「奥さん、お嬢さんを私に下さい」
先生が下宿の奥さんに結婚を申し込む場面。同じ人を思うKに何も告げずに発したこの一言が、友の死と生涯の悔恨を呼び寄せる。
その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。
明治天皇の崩御を受けた先生の述懐。続く乃木大将の殉死の報とともに、自らの死を一つの時代の終わりへ重ねていく。
「私は淋しい人間です」
「私」がなぜ足繁く訪ねてくるのかを問うたあとに、先生がふと漏らす言葉。人を遠ざけながら人を求める先生の孤独が、この短い告白ににじむ。
しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか
花見の帰り道、恋について語る先生の謎めいた一言。のちに遺書で明かされる親友Kとの過去が、この言葉の重さを裏づけることになる。
自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう
先生が近代人の宿命として孤独を語る一節。個人の自由と引き換えに生まれた淋しさという、作品全体を貫く問いがここに言い表されている。
平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。
世の中に悪人はいるのかという話に、先生が答える言葉。叔父に財産を欺かれた経験と、のちに自らが犯す裏切りの両方を予告するように響く。
もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう
Kが遺書の最後に書き添えた文句。先生を責める言葉が一つもない遺書のなかで、この一行だけが先生の心に消えない傷を残す。
私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか
過去を話してほしいと迫る「私」に、先生が問い返す場面。人を疑い続けてきた先生が、ただ一人信じる相手として「私」を選び、のちの遺書へとつながる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。