斜陽(太宰治)のあらすじ・登場人物
伊豆の山荘、母娘の暮らし
- 詳細なあらすじ
- 人物相関図
- 心理
- 家族
- 文字数
- 89,835字
- 読了目安
- 約3時間
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 静岡県
この作品について
太宰治が1947年(昭和22年)7〜10月の『新潮』に連載し、同年12月に単行本を刊行した長編小説。戦後、東京の家を手放して伊豆の山荘へ移った華族の母娘を、娘のかず子が語る。物語は、母が朝食のスープを口にする、何気ない仕草の観察から始まる。家計が傾く暮らしの中でも母に感じられる気品、兵隊に行った弟の直治への思い、かず子自身の過去への回想が、日常の細部に織り込まれていく。執筆にあたって太宰は太田静子から日記を借り、伊豆の三津浜で書き始めたのち、三鷹で書き継いだ。母を見つめる親しみのある語りと、自分や家族のあり方を問い直す言葉が同じ声の中にある。生活様式や身分の感覚が揺らぐ戦後を、一家の食卓、衣服、住まいといった身近なものを通じて描いた作品である。
あらすじ
没落華族のかず子は、病がちな母と東京の家を引き払い、伊豆の山荘でつつましく暮らし始める。やがて、戦地から弟の直治も帰ってくる。上品でありながら時代についていけない母は静かに衰弱し、放蕩と自己嫌悪を繰り返す直治もまた破滅への道を歩んでいく。かず子は、直治の師である退廃した作家・上原を密かに慕い、道徳を捨てて彼の子を宿すことを自らの「革命」として選び取る。母が息を引き取り、直治もまた遺書を残して自ら命を絶つ中、かず子はただ一人、身重の体で新しい時代を生き抜く決意を固めていく。上原への最後の手紙という形で綴られる終幕には、旧い道徳の滅びと、それでも生きようとする者の強い意志が刻まれている。
登場人物
- かず子 没落した華族の家に生まれた主人公。旧い道徳を捨てて新しい生き方を選び取ろうとする
- 直治 かず子の弟。麻薬中毒から復員し、放蕩と自己嫌悪の末に自ら命を絶つ
- お母さま かず子と直治の母。気品を保ったまま、時代の変化についていけずに衰弱していく
- 上原二郎 直治の師である退廃的な作家。かず子が想いを寄せる人物
人物相関図
章ごとの「詳細なあらすじ」
アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。
- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 伊豆へ──蛇の卵と山荘の日々
- 五 直治の帰還と「夕顔日誌」
- 六 三通の手紙──M・Cへの賭け
- 七 母の死──最後の貴婦人
- 八 戦闘、開始──上京と恋の成就
- 九 直治の遺書と、最後の手紙
- 十 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、 「あ」 と幽かな叫び声をお挙げになった。 「髪の毛?」 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「斜陽」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
小さい犠牲者が、もうひとりいました。 上原さん。 私はもうあなたに、何もおたのみする気はございませんが、けれども、その小さい犠牲者のために、一つだけ、おゆるしをお願いしたい事があるのです。 それは、私の生れた子を、たったいちどでよろしゅうございますから、あなたの奥さまに抱かせていただきたいのです。そうして、その時、私にこう言わせていただきます。 「これは、直治が、或る女のひとに内緒に生ませた子ですの」 なぜ、そうするのか、それだけはどなたにも申し上げられません。いいえ、私自身にも、なぜそうさせていただきたいのか、よくわかっていないのです。でも、私は、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。直治というあの小さい犠牲者のために、どうしても、そうさせていただかなければならないのです。 ご不快でしょうか。ご不快でも、しのんでいただきます。これが捨てられ、忘れかけられた女の唯一の幽かないやがらせと思召し、ぜひお聞きいれのほど願います。 M・C マイ、コメデアン。 昭和二十二年二月七日。
「斜陽」太宰治(青空文庫)
名文
人間は恋と革命のために生れて来たのだ。
「恋と革命のために生れて来た」と言い切るかず子の一句。没落貴族の家に生きる女の情熱を凝縮した、斜陽の核心。
けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。
上原へ宛てたかず子の手紙の結び。私生児を産む決意を、古い道徳への闘いの宣言として言い切る。
朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、 「あ」 と幽かな叫び声をお挙げになった。
作品の書き出し。スープを吸う優雅な仕草と小さな叫び声から、没落してゆく貴族の母の気品と、物語全体を包む不安な予感が立ち上がる。
僕は、貴族です。
自ら命を絶った弟・直治の遺書の結び。民衆に交わろうとして果たせなかった青年が、最後に自分の出自を言い切る、痛切な一行。
不良でない人間があるだろうか。
直治のノート「夕顔日誌」の一節。まともさを装う世間への反発と、自らの頽廃への居直りが入り混じる、直治の心の叫び。
爵位があるから、貴族だというわけにはいかないんだぜ。爵位が無くても、天爵というものを持っている立派な貴族のひともあるし、おれたちのように爵位だけは持っていても、貴族どころか、賤民にちかいのもいる。
弟の直治がかつて姉のかず子に語った言葉として、冒頭近くで回想される一節。爵位という身分と人としての気品とを切り分けるこの見方が、没落してゆく一家の「最後の貴族」である母の姿を際立たせる。
僕が早熟を装って見せたら、人々は僕を、早熟だと噂した。僕が、なまけものの振りをして見せたら、人々は僕を、なまけものだと噂した。僕が小説を書けない振りをしたら、人々は僕を、書けないのだと噂した。僕が嘘つきの振りをしたら、人々は僕を、嘘つきだと噂した。僕が金持ちの振りをしたら、人々は僕を、金持ちだと噂した。僕が冷淡を装って見せたら、人々は僕を、冷淡なやつだと噂した。けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した。
直治が遺した「夕顔日誌」の一節。演じた姿ばかりが信じられ、本当の苦しみだけが演技と見なされる——道化を演じる者の孤独を、畳みかける反復で描く。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。