出家とその弟子(倉田百三)のあらすじ・登場人物

恋と信仰のはざまで

作者
倉田百三
発表
1916年(大正5年)11月
初出
生命の川
ジャンル
  • 歴史
  • 恋愛
舞台
  • 京都府
文字数
123,785字
読了目安
約4時間8分
表記
新字新仮名

この作品について

「歎異抄」に導かれて書かれた六幕の戯曲。1916年(大正5年)から翌年にかけて雑誌「生命の川」に連載され、1917年(大正6年)に岩波書店から刊行されると版を重ね、大正期を通じて読まれつづけるベストセラーとなった。作者二十七歳の作である。雪の夜に旅の親鸞を打ちすえた男の家から、その息子が弟子となって遊女に恋する京の御坊を経て、九十歳の親鸞の臨終へ——物語は恋と信仰、罪と赦しをめぐって進む。仏教劇でありながら聖書の響きをもつ透明な台詞で書かれ、ロマン・ロランが激賞したことでも知られる。

あらすじ

雪の降りしきる夜、旅の僧・親鸞の一行が日野左衛門の家に宿を乞う。荒れた暮らしをしていた左衛門は僧を打ちすえて追い返し、親鸞たちは戸の外で石を枕に夜を明かす。だが自分が杖で打ちこわした阿弥陀の像を見た左衛門は、おのれの業の深さに泣き崩れ、そのまま親鸞に赦される。十五年後、左衛門の息子・松若は唯円と名を改め、京の御坊で老いた親鸞に仕えていた。親鸞には善鸞という実子があったが、父の道を継げぬ苦しみから遊里に沈み、酒と女に身を持ち崩している。唯円は善鸞に誘われて訪れた茶屋で、十六の遊女・かえでと出会い、深く恋に落ちてしまう。逢瀬を重ねる唯円の身持ちはやがて寺じゅうの知るところとなり、僧たちは師の裁きを求めて親鸞の前に並ぶ。しかし親鸞は「私が悪いのだよ」と言って弟子を裁こうとせず、唯円には、先を誓わぬこと、恋人をも他人をも自分自身をも呪わぬこと——すなわち「聖い恋」の道を説き、「縁あらば二人を結びたまえ」と祈れと教える。さらに十五年。九十歳の親鸞は死の床にあり、唯円はかえでを妻として二人の娘を得ていた。臨終の枕辺に、久しく背いていた善鸞がついに駆けつける。

登場人物

人物相関図

夫婦。雪の夜に僧を追い返す杖で打ちすえ翌朝に帰依する夫に代わり雪の上で詫びる父。十一歳の子が弟子となる師弟。恋を裁かず聖なる恋を説く実の子。長い勘当の末に臨終で和解破門を求めのち赦しを乞う法悦の説教で不安にさせる遊里へ招き心を開く遊女との恋。のちに夫婦となる愛しながら別れを選ぶ姉分。二人の文を取り次ぐひのさえもん日野左衛門常陸の浪人。猟師。悪人になろうと努めるおかねお兼左衛門の妻。信心深く殺生を嫌うしんらん親鸞浄土門の聖人。誰をも裁かず九十歳で没するえいれん永蓮親鸞と寺を興した老僧ちおう知応法悦こそ救いの証と説く僧ゆいえん唯円日野左衛門の子。親鸞に仕える弟子ぜんらん善鸞親鸞の実子。放蕩の末に勘当されているおとねお利根唯円と勝信の娘。九歳かえで木屋町の遊女。十六歳。のちの勝信あさか浅香松の家の遊女。かえでの姉分
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 序曲──死ぬるもの
  5. 五 第一幕──雪の夜の宿
  6. 六 第二幕──十五年後の京
  7. 七 第三幕──遊里の父と子
  8. 八 第四幕──黒谷の恋
  9. 九 第五幕──裁かぬ裁き
  10. 十 第六幕──親鸞の臨終
  11. 十一 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

この戯曲を信心深きわが叔母上にささぐ 極重悪人唯称仏。 我亦在彼摂取中。 煩悩障眼雖不見。 大悲無倦常照我。          (正信念仏偈) 序曲 死ぬるもの ――ある日のまぼろし―― 人間 (地上をあゆみつつ)わしは産まれた。そして太陽の光を浴び、大気を呼吸して生きている。ほんとに私は生きている。見よ。あのいい色の弓なりの空を。そしてわしのこの素足がしっかりと踏みしめている黒土を。はえしげる草木、飛び回る禽獣、さては女のめでたさ、子供の愛らしさ、あゝわしは生きたい生きたい。 顔蔽いせる者 (あらわる)お前は何者じゃ。 人間 私は人間でございます。 顔蔽いせる者 では「死ぬるもの」じゃな。

『出家とその弟子』倉田百三(青空文庫)

末尾部(原文より)

善鸞 (くちびるの筋が苦しげに痙攣する。何か言いかけてためらう。ついに絶望的に)わたしの浅ましさ……わかりません……きめられません。(前に伏す。勝信の顔ま白になる) 親鸞 おゝ。(目をつむる) 一座動揺する。 侍医 どなた様も、今が御臨終でございますぞ。 深い、内面の動揺その極に達する。されど森として声を立つるものなし。弟子衆枕もとに寄る。代わる代わる親鸞のくちびるをしめす。 親鸞 (かすかにくちびるを動かす。苦悶の表情顔に表わる。やがてその表情は次第に穏やかになり、ついにひとつの静かなる、恵まれたるもののみの持つ平和なる表情にかわる。小さけれどたしかなる声にて)それでよいのじゃ。みな助かっているのじゃ……善い、調和した世界じゃ。(この世ならぬ美しさ顔に輝きわたる)おゝ平和! もっとも遠い、もっとも内の。なむあみだぶつ。 侍医 もはやこときれあそばしました。 尊き感動。一座水を打ちたるごとく静かになる。一同合掌す。南無阿弥陀仏の声ひとしきり。やがてやむ。一瞬間沈黙。平和なヒムリッシュな音楽。親鸞の魂の天に返ったことを示すため。 ――幕――

『出家とその弟子』倉田百三(青空文庫)

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