岡本かの子の生涯と代表作
いのちがあふれる
- 生没
- 1889–1939
- 出身
- 東京都
- 文学史
- 耽美派
- Wikipedia
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略歴
1889年(明治22年)、東京・青山の豪商の家に生まれる。本名は大貫カノ。跡見女学校で学び、与謝野晶子の新詩社に加わって歌人として出発した。1910年(明治43年)に漫画家の岡本一平と結婚し、翌年に長男・太郎(後の芸術家・岡本太郎)を生む。夫の放蕩や弟・妹の死などの苦悩を経て仏教に深く傾倒し、仏教研究家として随筆や研究書を著した。晩年に川端康成らの後押しを受けて小説家として本格的に出発し、1936年(昭和11年)、芥川龍之介との交流に材を採った「鶴は病みき」で文壇に登場。以後「母子叙情」「金魚撩乱」「老妓抄」など、生命への讃歌と耽美妖艶な官能に彩られた作品を次々と発表した。1939年(昭和14年)、脳溢血のため49歳で急逝。多くの代表作は没後に刊行された。短歌で培った言葉の感覚と仏教への関心は、小説にも通じている。欧米滞在から帰国したのち、夫・一平の協力と川端康成の指導を得て小説へ力を注いだ。晩年の短い期間に集中して書かれた作品には、老いや衰えのなかにも生きる力を見いだす視線がある。