田山花袋の生涯と代表作
告白が文学になる
- 生没
- 1872–1930
- 出身
- 群馬県
- 文学史
- 自然主義
- Wikipedia
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略歴
1872年(明治4年)、上野国邑楽郡館林(現・群馬県館林市)に生まれる。本名は録弥。少年期に父を西南戦争で失って苦学し、尾崎紅葉らに認められて文壇に入った。当初はロマン主義的な叙情に傾いたが、モーパッサンら西欧自然主義の影響を受けて写実へと転じる。1907年(明治40年)、妻子ある中年作家が若い女弟子へ抱く恋慕と性欲をあからさまに告白した「蒲団」を「新小説」に発表して文壇に衝撃を与え、作者自身の実生活を赤裸々に描く「私小説」の源流をつくった。続く「田舎教師」「生」などで対象をありのままに写す「平面描写」を提唱し、島崎藤村と並ぶ自然主義文学の代表的作家となる。紀行文や随筆にも優れ、晩年は回想記「東京の三十年」を残した。1930年(昭和5年)、59歳で没した。
収録作品
- 重右衛門の最後 1902年(明治35年)5月
- 少女病 1907年(明治40年)5月
- 蒲団 1907年(明治40年)9月
- 一兵卒 1908年(明治41年)1月
- 田舎教師 1909年(明治42年)10月