徳冨蘆花の生涯と代表作
野に暮らす文豪
- 生没
- 1868–1927
- 出身
- 熊本県
- Wikipedia
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略歴
1868年(明治元年)、肥後国水俣(現在の熊本県水俣市)に生まれる。本名は健次郎。ジャーナリストで思想家の徳富蘇峰は実兄にあたる。同志社などで学んでキリスト教の洗礼を受け、兄の主宰する民友社に加わって記者・翻訳・評論に携わった。1898年(明治31年)から翌年にかけて「国民新聞」に連載した長編小説『不如帰』が、結核に冒された若妻・浪子の悲運を描いて空前の大反響を呼び、一躍流行作家となった。続いて美しい自然観照の随想集『自然と人生』、自伝的長編『思出の記』などを発表。トルストイに深く傾倒し、1906年にはロシアを訪ねて面会を果たす。晩年は東京府下の粕谷に隠棲して晴耕雨読の生活を送り、『みみずのたはこと』などにその暮らしを綴った。1927年(昭和2年)、58歳で没した。
収録作品
- 不如帰 1898年(明治31年)11月
- みみずのたはこと 1913年(大正2年)