思い出の記(小泉節子)のあらすじ・登場人物
妻が語る八雲の素顔
- 文字数
- 30,841字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 島根県
- 東京都
この作品について
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻・小泉節子が、夫との十四年の暮らしを語った回想。節子の口述を筆録したもので、田部隆次の評伝『小泉八雲』(1914年)に収められた。明治二十三年に松江へ赴任してきた「ヘルン」の思い出から始まり、熊本・神戸・東京へと移り住んだ日々、怪談の話を聞かせてせがまれたこと、書斎での仕事ぶり、子どもたちとの暮らしなどを、です・ます調の柔らかな語り口でつづる。八雲が片言の日本語で話した言葉もそのまま写され、身近な人だけが知る作家の素顔を伝える。
あらすじ
ヘルンが日本に来たのは明治二十三年の春で、出雲が古い国であると聞いて松江の学校に赴任した。節子はまず、松江の町と大橋からの眺め、教頭の西田千太郎との深い友情など、ヘルンがこの土地を愛した様子を語る。やがて節子はヘルンと結ばれ、二人は北堀の士族屋敷に移って、庭の山鳩や蟇、蓮池に出る蛇をいとおしむ暮らしを送る。ヘルンは古い怪談や昔話を好み、節子が本を見ながら話すと「本を見る、いけません」と止め、自分の言葉で何度も語らせては作品に仕立てた。熊本、神戸を経て東京に移ってからも、ヘルンは書斎に籠もって一心に仕事を続け、気に入らない客や世間の付き合いを避け、淋しい寺や古い墓地を好んで散歩した。子どもたちを深く愛し、家族と過ごす時間を何より大切にした。最後に節子は、ヘルンの急な死と、彼が生前に望んだとおりの静かな雑司ヶ谷の墓地に葬ったこと、亡くなる直前に二人で門の見本を見て歩いたのが最後の外出になったことを語る。
登場人物
- 小泉節子 語り手。松江の士族の娘で、ヘルンの妻となる
- ヘルン(小泉八雲) ギリシャ生まれの作家。来日して松江の学校に赴任し、日本の怪談や風物を書く
- 西田千太郎 松江の中学の教頭。ヘルンの親友
冒頭部(原文より)
ヘルンが日本に参りましたのは、明治二十三年の春でございました。ついて間もなく会社との関係を絶ったのですから、遠い外国で便り少い独りぽっちとなって一時は随分困ったろうと思われます。
「思い出の記」小泉節子(青空文庫)
末尾部(原文より)
表門を作り直すために、亡くなる二週間程前に二人で方々の門を参考に見ながら雑司ヶ谷辺を散歩を致したのが二人で外出した最後でございました。その門は亡くなる二日前程から取りかかりまして亡くなってから葬式の間に合うように急いで造らせました。
「思い出の記」小泉節子(青空文庫)
原文を読む
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