アナトール・フランスの生涯と代表作
- 生没
- 1844–1924
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1844年、パリのセーヌ河岸で書店を営む家に生まれる。本名はジャック・アナトール・フランソワ・ティボー。古書に囲まれて育ち、上院図書館に勤めながら高踏派の詩人として出発した。1881年、老学者の善意と思いがけない冒険を描いた小説『シルヴェストル・ボナールの罪』でアカデミー・フランセーズの賞を受け、作家としての地位を固める。古代や中世、聖書の世界に題材をとった短編を好み、東方の王が星に導かれて旅する「バルタザアル」なども、典雅な文体と穏やかな皮肉で書かれている。代表作に『舞姫タイス』『赤い百合』『神々は渇く』などがある。1896年にアカデミー・フランセーズ会員に選ばれ、ドレフュス事件ではゾラとともにドレフュスを擁護した。懐疑と寛容を重んじる深い教養で20世紀初めのフランス文壇を代表する存在となり、1921年にノーベル文学賞を受賞。1924年、80歳で死去し、国葬で送られた。日本では芥川龍之介が早くから傾倒して翻訳を手がけ、その警句の文体にも影響を与えた。
収録作品
- バルタザアル 1914年(大正3年)2月