ファーブルの生涯と代表作
- 生没
- 1823–1915
- 出身
- フランス
- Wikipedia
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略歴
1823年、南フランスのアヴェロン県サン・レオンの貧しい家に生まれる。幼いころは祖父母の農場に預けられ、野山の生きものに親しんで育った。家業の失敗で一家が離散したのちは働きながら独学を続け、師範学校を首席で卒業して小学校や中学校の教師となった。コルシカ島やアヴィニョンで物理や化学を教えるかたわら、独学で博士号を取り、狩りバチの習性の研究で注目される。1870年代に教職を離れると、子ども向けの科学の教科書や読み物を数多く書いて生計を立てた。1879年、南フランスのセリニャンに荒れ地つきの家を構え、そこで虫たちを生きたまま観察し続けた記録『昆虫記』全10巻を1907年までに刊行する。フンコロガシ(スカラベ)やハチの営みを、確かな観察と親しみやすい文章でつづったこの本は、文学としても高く評価された。1915年、セリニャンで91歳で死去。日本では大杉栄が『昆虫記』の最初の翻訳を手がけ、伊藤野枝とともに科学読み物も訳している。
収録作品
- 科学の不思議 1923年(大正12年)8月