林芙美子の生涯と代表作

花のいのちは短く

生没
1903–1951
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略歴

1903年(明治36年)、下関に生まれる(門司生まれとする説もあり、出生地には諸説ある)。行商人の両親とともに九州各地を転々として育ち、尾道市立高等女学校を働きながら卒業。上京後は女中、工員、カフェーの女給など職を変えながら詩と童話を書き続けた。そのどん底の日々をつづった日記体の「放浪記」を1928年(昭和3年)から「女人芸術」に連載、1930年(昭和5年)の刊行と同時に空前のベストセラーとなり、一躍流行作家となる。その印税でパリに渡り、帰国後は「風琴と魚の町」「清貧の書」などの自伝的佳品を発表。戦時中は従軍記者として大陸や南方に赴いた。戦後は「晩菊」(女流文学者賞受賞)「浮雲」など、市井の女の孤独と生命力を見据えた円熟の作品を次々に発表したが、「めし」連載中の1951年(昭和26年)、心臓麻痺のため47歳で急逝した。作品を書き急ぐような晩年の多作ぶりは「文学的敢闘」と評され、葬儀では川端康成が弔辞を読んだ。

収録作品

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