平光吾一の生涯と代表作
メスを置いて筆を
- 生没
- 1887–1967
略歴
1887年(明治20年)11月生まれ。解剖学者。1921年(大正10年)に北海道帝国大学医学部の解剖学第二講座の初代教授として着任し、肝臓や神経系の組織学的研究のほか、アイヌの人類学的調査にも取り組んだ。のちに九州帝国大学医学部へ移り、解剖学主任教授をつとめる。1945年(昭和20年)、同学部で米軍捕虜が医学実験の対象とされた生体解剖事件が起こり、事件への関与を問われ、戦犯裁判で重労働二十五年の判決を受け、巣鴨に服役した。自身の手記では、解剖室の提供と手術への助言について記している。獄中で米国医学に触れたことを機に医師として学び直し、出所後は癌の研究と治療にあたる診療所に身を置いた。1957年(昭和32年)、遠藤周作「海と毒薬」の発表を機に、当事者の立場から事件の経緯と戦争裁判への疑問を綴った手記「戦争医学の汚辱にふれて」を発表している。1967年(昭和42年)5月12日没。
収録作品
- 戦争医学の汚辱にふれて 1957年(昭和32年)12月