戦争医学の汚辱にふれて(平光吾一)のあらすじ・登場人物
「海と毒薬」の事件、当事者の記
- 社会
- 文字数
- 12,216字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 福岡県
この作品について
太平洋戦争末期、九州帝国大学で米軍捕虜が生体解剖された「九大生体解剖事件」。事件に連座して戦犯となった解剖学教授が、遠藤周作「海と毒薬」の発表を機に、自分の見た事実と戦争裁判への疑問を書き残した手記である。
あらすじ
昭和三十二年、遠藤周作の小説「海と毒薬」を読んだ著者は、古傷を抉られる思いに襲われる。それは戦争犯罪人というレッテルと重労働二十五年の刑を自分に下した、いわゆる九大生体解剖事件を克明に描いていたからだった。昭和二十年五月、九大医学部の解剖学主任教授だった著者のもとに、第一外科部長・石山福次郎から、米軍捕虜の手術に解剖教室を貸してほしいという電話がかかる。数日後、出張から戻った著者が廊下の歩哨に驚きつつ手術室の扉を開けると、そこには白衣の医師たちと、それを見世物のように取り巻く軍参謀たちの異様な光景があった。脳の黒質の位置を問われて標本を示した一度きりの助言が、のちに「顧問」として罪状に数えられる。なぜ福岡で、なぜ石山教授のもとで事件は起きたのか。総動員法をふりかざす西部軍、軍と馴れあい過ぎた大学、そして捕虜処刑を「有意義な方法で」という発想——著者は背景をたどり、拷問と誘導訊問によって捏造された人肉試食事件の真相も明かす。判決は絞首刑五名を含む重刑。齢六十で二十五年の刑を宣告された著者は、それでも自らの責任から目を逸らさず、勝者が敗者を裁く戦争裁判そのものへの疑問を静かに投げかけ、巣鴨獄中から始まった人生の第二試合を語って筆を擱く。
冒頭部(原文より)
古傷を抉られる――という言葉がある。恰も「文学界」誌上に発表された遠藤周作氏の『海と毒薬』という小説を読んだ時、私は全く自分等の古い傷痕を抉られたような心境だった。 というのは、この小説が戦争犯罪人というレッテルと、重労働二十五年という刑罰を私に下した、所謂九大生体解剖事件(実際は相川事件という)を刻明に描写していたからである。 人間を生きたまま解剖する――平和な今日では想像も出来ぬような残酷にして戦慄すべき出来事がほんとうにあったのだろうか。
「戦争医学の汚辱にふれて」平光吾一(青空文庫)
末尾部(原文より)
要するに、勝敗によって勝者が裁判権をとり、勝利者の恣意によって敗者側を裁くことが、果して正しいことかと私はいゝたいのだ。 本来アメリカはキリスト教国として自らも許している国である。キリスト教の強味は良心生活の豊富なことにある。殊に使徒パウロは「善き良心」を強調し、良心と信仰が彼を勇気づけていた。彼は自らを反省するに従い、欠点の多い傷だらけの人間であることに身慄いした。それだからこそ「吾は罪人の首なり」と言い得たのだ。 私も少しはこれにあやかりたいと思い、敢てこの筆をとった。読者の寛容を乞うてやまない。
「戦争医学の汚辱にふれて」平光吾一(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。