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ボロ家の春秋(梅崎春生)のあらすじ・登場人物

このボロ家は、誰のもの

  • 風刺
  • 社会

梅崎春生 1954年(昭和29年)8月 「新潮」

文字数
37,499字
読了目安
約1時間15分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1954年(昭和29年)8月に「新潮」へ発表された梅崎春生の短篇で、同年下期の第32回直木賞を受賞した。貧乏画家の「僕」は、スリの縁で知り合った不破数馬から権利金四万円で家の半分を借りたが、不破夫妻は一週間で姿を消す。そこへ「この家は不破から買った」と疣だらけの国語教師・野呂旅人が乗り込んでくる。誰の持ち家かも定かでないボロ家を舞台に、二人が意地と欲得で張り合う滑稽な同居生活を、「僕」の饒舌な語りで描いたユーモア小説である。

あらすじ

貧乏画家の「僕」は、都電の中でスリの現場に居合わせ、被害者の不破数馬に知らせたことから親しくなる。不破の家は代田橋のボロ家で、権利金四万円で半分を借りて越してきたが、一週間後、不破夫妻は留守番に遠縁の野呂を寄越すと言い残して姿を消す。やって来た疣だらけの中学教師・野呂旅人は、「この家は不破から買い受けた。手付けも払った」と言い出し、二人は板の間の使い方から言い争う。不破は詐欺の容疑で追われる身で、台湾人の中華飯店主・陳根頑にも借金があった。二人は酔った席で署名と拇印を押したため、家賃を取り立てられる羽目になる。ケチな野呂は野菜を高値で売り、画塾の月謝の上前をはね、虫下しチョコレートを食べさせるなど、「僕」への嫌がらせを重ねる。やがて陳が家を十万円で売ると言い出し、二人は意地を張り合って五万円ずつ出して共有した。口もきかぬ冷戦のなか、「僕」は野呂が不破へ出した内容証明の手紙をこっそり読み、税務署員の入れ知恵で先回りを企てる。畳の入れ替えや猫を使った嫌がらせが続くなか、家は傷んでゆき、地主はそれを待っていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 野呂旅人という名の男がいます。そいつはどこにいるか。目下僕の家に居住している。つまり僕と同居しているというわけです。しかしこんな場合、同居という呼び方が正しいかどうか、僕にはよく判らない。貴方も御存知のように、僕は世間知らずの一介の貧乏画家だし、言葉の使用法にあまり敏感なたちじゃありません。でも僕の感じからすれば、同居というのは、同じ権利をもって一家に住みあうこと、一方が他方に従属することなしに住み合うこと、(もし従属すればそれは居候とか間借人などと呼ばれるべきでしょう)そんなことじゃないかと思うんですが、そこらの関係が僕等の間ではたいへん複雑になっているのです。第一この家は一体誰の所有物なのか、僕のものか、野呂のものか、僕等以外の第三者のものなのか、それが全然ハッキリしていないのです。まことに困った話です。  野呂旅人という男は、歳はたしか三十一。背丈はせいぜい五尺どまり。身体も痩せていて、体重も十貫か十一貫というところでしょう。

「ボロ家の春秋」梅崎春生(青空文庫)

末尾部(原文より)

僕もそうした方がいいとは思うのですが、なにしろ相棒が野呂のことですからねえ。修好を回復して団結してことに当ろうじゃないかなどとは、今までの行きがかり上僕からも言い出せないし、言い出したとしても野呂はその提案をせせら笑って一蹴するにきまっています。もう僕らの憎み合い、嫌がらせのし合いは、すでに業の域に達していて、他人の言葉が耳に入る段階をはるかに通り過ぎているのです。まったく因果なことですが、もう仕方がありません。行くものをして行かしめ、亡びるものをして亡びしめよ。こういう悲壮な心境をもって、この日常のするどい緊張裡に、僕らは毎日生きているのです。御憫笑下さい。

「ボロ家の春秋」梅崎春生(青空文庫)

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