桜島(梅崎春生)のあらすじ・登場人物
そして貴方は、そこで死ぬのね
- 社会
- 心理
- 文字数
- 36,660字
- 読了目安
- 約1時間13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 鹿児島県
この作品について
1946年(昭和21年)、「素直」創刊号に発表された梅崎春生の出世作。自身の海軍体験をもとに、敗戦直前の日々を描いた第一次戦後派の代表作である。坊津の基地で暗号員を務めていた村上兵曹に、桜島への転勤命令が下る。そこは本土決戦の最前線であり、行けば死ぬことが分かっている場所だった。片耳のない妓に「そして貴方は、そこで死ぬのね」と問われ、桜島では狂気じみた吉良兵曹長と対峙しながら、来るはずの日を待つ。死を目前にした人間の、緊張と倦怠と滑稽の入り混じった時間を、抑制の利いた文章で刻みつけた一編。
あらすじ
七月初め、坊津の峠で基地通信にあたっていた暗号員の村上兵曹に、桜島へ転勤せよという電報が届く。その夜アルコールを水で割って痛飲し、崖を滑り落ちて瞼を切った。翌朝、生涯二度と見ることのない坊津の風景は、おそろしいほど新鮮に見えた。途中の町の妓楼で、右の耳のない妓と一夜を過ごす。妓は「あそこはいい処よ、一年中、果物がなっている」と言い、それから「そして貴方は、そこで死ぬのね」「どうやって死ぬの」と繰り返し問うた。桜島の電波探知基地に着いた村上を待っていたのは、いつ来るとも知れぬ敵の上陸を待ちながら、穴を掘り、敬礼の仕方を叱られ、酒を飲み、疑心に苛まれる日々である。部下の兵たちは死を目前にして麻痺し、分隊長の吉良兵曹長は軍刀を握りしめ、卑怯未練な奴は片っぱしから斬ると言い放つ。「敵が上陸したら、勝つと思うか」と詰め寄られた村上が、勝つか負けるかはその時にならねばわからないと答えた、まさにその時——壕の入口から兵が入ってきて、昼のラジオは終戦の詔勅であると告げる。
登場人物
- 村上兵曹 坊津から桜島へ転勤を命じられた海軍の暗号員。語り手
- 吉良兵曹長 桜島の基地の分隊長。軍刀を握りしめ、卑怯未練な者は斬ると言い放つ
- 妓 途中の町の妓楼にいた、右の耳のない女。村上に死に方をたずねる
- 谷中尉 坊津の挺身監視隊長。「美しく死ぬ、これは感傷に過ぎんね」と言う
冒頭部(原文より)
七月初、坊津にいた。往昔、遣唐使が船出をしたところである。その小さな美しい港を見下す峠で、基地隊の基地通信に当っていた。私は、暗号員であった。毎日、崖を滑り降りて魚釣りに行ったり、山に楊梅を取りに行ったり、朝夕峠を通る坊津郵便局の女事務員と仲良くなったり、よそめにはのんびりと日を過した。
「桜島」梅崎春生(青空文庫)
末尾部(原文より)
壕を出ると、夕焼が明るく海に映っていた。道は色褪せかけた黄昏を貫いていた。吉良兵曹長が先に立った。崖の上に、落日に染められた桜島岳があった。私が歩くに従って、樹々に見え隠れした、赤と青との濃淡に染められた山肌は、天上の美しさであった。石塊道を、吉良兵曹長に遅れまいと急ぎながら、突然瞼を焼くような熱い涙が、私の眼から流れ出た。拭いても拭いても、それはとめどなくしたたり落ちた。
「桜島」梅崎春生(青空文庫)
原文を読む
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