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世相(織田作之助)のあらすじ・登場人物

焼跡の大阪と小説の可能性

  • 心理
  • 社会

織田作之助 1946年(昭和21年)4月 「人間」

文字数
32,082字
読了目安
約1時間4分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 大阪府

この作品について

1946年(昭和21年)4月、『人間』に発表された織田作之助の小説。敗戦後の大阪で、原稿の締切を気にする小説家の「私」のもとへ、古びた防空頭巾をかぶった教師が訪ねてくる。七人の家族を薄給で養うその客は、闇市をめぐる話をぽつぽつと語りだす。一方、机上の原稿は、戦前の千日前の風物をどう書くかという迷いから先へ進まない。現在の訪問者との会話に、かつて通った酒場「ダイス」の記憶や、小説の書き方をめぐる議論が入り込み、暮らしを観察することと物語を作ることが重ねられていく。地名や職業、金額を細かく書く理由も、作中の「私」自身の言葉で示される。ただし、その小説論には自分への疑いや相手からの反論も付きまとい、整った主張だけには収まらない。焼跡の寒さと戦前の酒場の色や声を行き来しながら、変わりゆく町にふさわしい表現を探る一編である。

あらすじ

凍てついた師走の夜、焼跡の大阪。小説家の「私」のもとへ、時代遅れの防空頭巾をかぶった一人の老訓導が訪ねてくる。「ちょっと現下の世相を」語りに来たというその老教員は、薄給で七人の家族を養いかね、闇屋の真似事に手を出したものの、まるで商売にならぬ哀れな顛末を、水洟をすすりながら語る。敗戦後の日本で栄えたのは闇屋と女ばかり――牛の密殺、宝籤の副賞の金巾を売ろうと家族総出で京都まで出かけて失敗する話、握り飯一つで身をひさぐ女、月に十万円を稼ぐ祇園の芸妓。混乱と頽廃に満ちた世相を眺めながら、書きあぐねている「私」の思いは、やがて戦前の記憶へとさかのぼる。かつて清水町にあったスタンド酒場「ダイス」。そのマダムは元宗右衛門町の芸者あがりの、粋でモダンで淫蕩な女で、プラネタリウムに誘われた気まずい一日や、発売禁止処分を受けた夜に彼女の店を訪ねたことなどが、艶やかに、また苦く思い返される。左翼くずれの文学青年との議論を通じて、「私」は思想も体系も信じられぬ自分たちの世代のデカダンスを語り、感覚だけを信ずる小説論を弄する。そして大阪の夜の裏通りを歩きながら、身を落として十銭芸者となる女と、その女をどこまでも追ってともに沈んでゆく男の物語――西鶴の『好色一代女』を思わせる「十銭芸者」という新しい小説の構想を、次々とふくらませてゆく。敗戦をはさんで移りゆく大阪の世相と、小説家の創作の秘密とを、自伝と評論と虚構を大胆に織り交ぜて描き出した一編である。

冒頭部(原文より)

 凍てついた夜の底を白い風が白く走り、雨戸を敲くのは寒さの音である。厠に立つと、窓硝子に庭の木の枝の影が激しく揺れ、師走の風であった。  そんな風の中を時代遅れの防空頭巾を被って訪れて来た客も、頭巾を脱げば師走の顔であった。青白い浮腫がむくみ、黝い隈が周囲に目立つ充血した眼を不安そうにしょぼつかせて、「ちょっと現下の世相を……」語りに来たにしては、妙にソワソワと落ち着きがない。

「世相」織田作之助(青空文庫)

末尾部(原文より)

 紫の銘仙を寒そうに着たその後姿が襖の向うに消えた時、ふと私は、書くとすればあの妹……と思いながら、焼跡を吹き渡って来て硝子窓に当る白い風の音を聴いていた。

「世相」織田作之助(青空文庫)

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