貨幣(太宰治)のあらすじ・登場人物
私は、七七八五一号の百円紙幣です
- 社会
- 心理
- 文字数
- 5,804字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
語り手は、七七八五一号の百円紙幣。銀行の窓口から若い大工の手に渡って以来、質屋へ、医学生へ、闇屋へと人の手を渡り歩いてきた一枚の紙幣が、自らの半生と戦争末期の日本を語る。太宰治が敗戦の翌年に発表した短編。
あらすじ
「異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。然して、貨幣を女性名詞とす」——この題辞のあと、語り出すのは一枚の百円紙幣である。生まれたころ、百円紙幣はお金の女王だった。はじめて銀行の窓口から手渡された若い大工は、腹掛けのどんぶりにそっと納め、家に帰るとまず神棚に上げて拝んだ。だが幸福な門出は一晩で終わり、翌朝には質屋へ、やがて医学生の顕微鏡と引きかえられ、瀬戸内海の旅館に捨てられる。四国、九州と渡り歩いて六年ぶりに東京へ戻ったとき、街はまっくらな死の街に変わり果てていた。空襲下でも紙幣はリレーのバトンのように人から人へ渡り、皺くちゃになり、さまざまな臭気を身につけていく。人間は命の袋小路に落ち込むと、笑い合わずにむさぼりくらい合うものらしい——と紙幣は嘆く。それでも、生まれてきてよかったと思った瞬間があった。ある小都会の空襲の夜、酔いどれの陸軍大尉を必死で助けた酌婦。翌朝、大尉が逃げるように走り去る前に、紙幣六枚を赤ん坊の背中の肌着に押し込んでいったのだ。「こんないいところはほかにないわ」——皮肉と抒情を織りまぜて敗戦直後の人間を照らした一篇である。
冒頭部(原文より)
異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。 然して、貨幣を女性名詞とす。 私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れません。もう私は、くたくたに疲れて、自分がいま誰の懐の中にいるのやら、あるいは屑籠の中にでもほうり込まれているのやら、さっぱり見当も附かなくなりました。
「貨幣」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
私が自身に幸福を感じたのは、この時でございました。貨幣がこのような役目ばかりに使われるんだったらまあ、どんなに私たちは幸福だろうと思いました。赤ちゃんの背中は、かさかさ乾いて、そうして痩せていました。けれども私は仲間の紙幣にいいました。 「こんないいところはほかにないわ。あたしたちは仕合せだわ。いつまでもここにいて、この赤ちゃんの背中をあたため、ふとらせてあげたいわ」 仲間はみんな一様に黙ってうなずきました。
「貨幣」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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