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不審庵(太宰治)のあらすじ・登場人物

黄村先生の不器用な茶会

  • 風刺

太宰治 

文字数
7,782字
読了目安
約16分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

太宰治が、阿佐ヶ谷に住む理想主義者「黄村先生」を主人公に書いた短編の一つ。突然、茶会に招かれた語り手が、にわか仕込みで茶の湯の作法を独習して出かけるが、茶会は予想とまるで違う騒ぎになる。弟子の学生たちとの軽妙なやりとりと、不器用な先生のおかしみを描く。『黄村先生言行録』『花吹雪』と同じ先生が登場する。

あらすじ

ことしの夏、語り手は、日ごろ後輩に教訓を垂れる黄村先生から、茶道の稽古をしたので茶会に来いという、ほとんど命令に近い手紙を受け取る。野暮な自分を叱咤するつもりではと警戒しながら、語り手は友人から茶の本を借り、炉や釜、床の間を褒め、炭手前を拝見して溜息をつくといった客の心得を独習する。新しい足袋をはいて阿佐ヶ谷へ向かい、駅で先生の弟子の学生二人と落ち合う。先生は、ふんどし一つで寝ころんで本を読んでおり、茶席には風炉も釜もなく、三畳間の七輪に煤けたアルミの薬鑵がかかっているだけである。語り手が由緒を尋ねても、駅前の金物屋で二円で買ったと一蹴される。先生が襖を閉めて点前を始めると、じゃぼじゃぼという音とうめき声が聞こえてくる。心配した三人が襖を開けようとして外し、雪崩れ込んで七輪を蹴飛ばし、先生は熱湯の湯気の中ではだか踊りを演じる。先生は茶筌で泡を立てられず、何度もやり直しては洗面器に捨てていたのだった。数日後、先生から、のどが渇いたら台所で水をごくごく飲むのが利休の茶道の奥義だという手紙が届く。

登場人物

冒頭部(原文より)

拝啓。暑中の御見舞いを兼ね、いささか老生日頃の愚衷など可申述候。老生すこしく思うところ有之、近来ふたたび茶道の稽古にふけり居り候。ふたたび、とは、唐突にしていかにも虚飾の言の如く思召し、れいの御賢明の苦笑など漏し給わんと察せられ候も、何をか隠し申すべき、われ幼少の頃より茶道を好み、実父孫左衛門殿より手ほどきを受け、この道を伝授せらるる事数年に及び申候えども、悲しい哉、わが性鈍にしてその真趣を究る能わず、しかのみならず、わが一挙手一投足はなはだ粗野にして見苦しく、われも実父も共に呆れ、孫左衛門殿逝去の後は、われその道を好むと雖も指南を乞うべき方便を知らず、なおまた身辺に世俗の雑用ようやく繁く、心ならずも次第にこの道より遠ざかり、父祖伝来の茶道具をも、ぽつりぽつりと売払い、いまは全く茶道と絶縁の浅ましき境涯と相成申候ところ、近来すこしく深き所感も有之候まま、まことに数十年振りにて、ひそかに茶道の独習を試み、いささかこの道の妙訣を感得仕り申候ものの如き実情に御座候。

「不審庵」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

案ずるに先生はこのたびの茶会に於いて、かの千利休の遺訓と称せられる「茶の湯とはただ湯をわかし茶をたてて、飲むばかりなるものと知るべし」という歌の心を実際に顕現して見せようと計ったのであろう。ふんどし一つのお姿も、利休七ケ条の中の、  一、夏は涼しく、  一、冬はあたたかに、  などというところから暗示を得て、殊更に涼しい形を装って見せたものかも知れないが、さまざまの手違いから、たいへんな茶会になってしまって、お気の毒な事であった。  茶の湯も何も要らぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕の水を柄杓もてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。  というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。

「不審庵」太宰治(青空文庫)

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