土曜夫人(織田作之助)のあらすじ・登場人物
焼け残った京都の頽廃の一夜
- 社会
- 心理
- 文字数
- 107,011字
- 読了目安
- 約3時間34分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
- 大阪府
この作品について
1946年(昭和21年)8月から12月まで「読売新聞」に連載された織田作之助の長編小説。執筆中に作者が喀血し、翌年1月に亡くなったため、未完の絶筆となった。1947年に鎌倉文庫から刊行。舞台は焼け残った敗戦直後の京都で、ある土曜の夜、キャバレエのホールで一人のダンサーが倒れる場面から始まる。素性を隠して働くダンサーの陽子、亡妻への嫉妬を抱えるカメラマンの木崎、女たちの間を渡り歩く美貌の青年京吉、連れ込み宿の女将貴子とそのパトロンらが、偶然に偶然を重ねて行き交う。途中で作者自身が顔を出し、登場人物の誰もが主人公だと語る構成で、ヒロポン、闇の女、引揚者、浮浪児など戦後の世相を一昼夜ほどの時間に詰め込んでいく。書き継がれたのは土曜の夜から日曜の夜までで、物語は大きく動き出したところで途切れている。
あらすじ
敗戦直後の京都。土曜の夜、キャバレエ十番館でカメラマンの木崎が、亡妻に似たダンサー陽子にシャッターを切った瞬間、京吉と踊っていたダンサー茉莉が青酸加里を噛んで倒れ、息を引き取る。政治家中瀬古鉱三の令嬢で、成金の青年実業家・木文字章三との縁談を嫌って家出してきた陽子は、素性を嗅ぎつけた侯爵の次男・乗竹春隆に呼び出され、口止めのため連れ込み宿「田村」へ出向く。誘惑を逃れて飛び出した廊下で章三と鉢合わせした陽子は、はだしで逃げて闇の女と間違えられ、留置されてしまう。田村は章三を旦那に持つ貴子の店で、京吉はそこの居候だった。一方、木崎のアパートに転がり込んだ貴子の娘チマ子は、拘置中の父銀造を助けたい一心でライカを盗んで捕まり、留置場で陽子と出会う。日曜、釈放された陽子はチマ子の頼みで木崎を訪ね、反発し合いながらも心を通わせる。陽子が春隆に身を任せたと思い込んだ京吉は、靴磨きの少女カラ子を連れて東京へ流れようと麻雀に興じ、仲間の坂野の妻芳子が与太者の銀ちゃんの子を宿したことを知る。財布を掏った男を大阪まで追ったカラ子は、中之島で拘置所の集団脱走に出くわし、脱走した銀造は男の捨てた財布を拾って京都へ向かう。東京行きの夜行では、春隆と旅立つ貴子を追って乗り込んだ章三が、口論の末に見知らぬ男をデッキから突き落とし、それを謎めいた美女に見られる。雨の夜、京吉は陽子の部屋で彼女に迫るが、潔白を知って身を引き、宿を探す途中で銀造に出くわす。物語はそこで途切れている。
登場人物
- 陽子 十番館のダンサー。政治家中瀬古鉱三の令嬢で、望まぬ縁談を嫌って家出し、素性を隠して京都で働く
- 木崎三郎 カメラマン。ダンサーだった亡妻の過去への嫉妬から、ダンスを憎みながら陽子を撮る
- 京吉 女たちの間を渡り歩く二十三歳の美青年。ダンスと麻雀の天才で、田村の居候。陽子にひそかな思いを寄せる
- 貴子 連れ込み宿「田村」の女将。四十一歳の元サロンの女で、男をパトロンの資格で量って生きてきた
- 木文字章三 成金の青年実業家で貴子のパトロン。自尊心の塊で、陽子を妻にと望んでいた
- チマ子 貴子の娘。家出して夜の町をさまよう不良少女だが、拘置中の父銀造を思っている
- 乗竹春隆 侯爵の次男。陽子を狙う女たらし
- カラ子 京吉を「兄ちゃん」と慕う十二歳の靴磨きの少女
冒頭部(原文より)
女の構図 一 キャバレエ十番館の裏は、西木屋町に面し、高瀬川が流れた。 高瀬川は溝のように細い。が、さすがに川風はあり、ふと忍びよる秋のけはいを、枝垂れた柳の葉先へ吹き送って、街燈の暈のまわりに夜が更けた。 しかし、十番館のホールではまだ夏の宵だった。 裳裾のようにパッとひらいた頽廃の夜が、葉鶏頭の花にも似た強烈な色彩に揺れて、イヴニングドレスの背中をくりぬいて見せた白い素肌が、蛇のようにくねると、そのくぼみに汗が汗ばみ、女の体臭を男の体臭が絞り出すような夏の夜の踊りに、体の固い若いダンサーのステップもいつか粘るのだった……。
「土曜夫人」織田作之助(青空文庫)
末尾部(原文より)
一つの俥へ無理に二人乗りして、野郎の相乗りはキャッキャッだが、おめえいい尻つきをしてるじゃねえかと銀ちゃんは膝の上に坂野の体をかかえて、ふと幌窓の外を眺めた途端、雨の中を一人トボトボ歩いている女の姿を見て、おやっと思った。芳子だった。 七
「土曜夫人」織田作之助(青空文庫)
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