本庄陸男の生涯と代表作
開拓の大地を描く
- 生没
- 1905–1939
- 出身
- 北海道
- 文学史
- プロレタリア文学
- Wikipedia
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略歴
1905年(明治38年)、北海道石狩郡当別村(現在の当別町)に、佐賀藩士から北海道へ移住した家に生まれる。紋別の渚滑村で育ち、代用教員や樺太での暮らしを経て上京し、青山師範学校を卒業して東京の小学校の教員となった。下町の貧しい子どもたちに向き合う教育運動に加わったことで職を追われ、日本プロレタリア作家同盟に参加する。教員の経験を描いた「白い壁」(1934年)で認められ、1936年には武田麟太郎の『人民文庫』の編集に携わった。明治初期に北海道へ渡った旧仙台藩の岩出山の家臣団の開拓を描いた長編『石狩川』(1939年)で高い評価を受けたが、同年(昭和14年)、結核のため34歳で死去した。
収録作品
- 石狩川 1939年(昭和14年)