石狩川(本庄陸男)のあらすじ・登場人物
敗れた士族が拓く石狩の原野
- 歴史
- 社会
- 文字数
- 253,563字
- 読了目安
- 約8時間27分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 北海道
- 宮城県
この作品について
本庄陸男が1939年(昭和14年)に大観堂から刊行した長編小説。前半はまず雑誌『槐』に載せ、後半は書き下ろしで加えた。明治初年、戊辰戦争に敗れて領地を失った旧仙台藩の一門・伊達邦夷の家臣団が、北海道の石狩平野へ移り住み、原野を拓こうとする姿を描く。物語は、家老の阿賀妻謙らが入植地を探して山中をさまよう場面から始まる。旧主への忠義と家中の結束、開拓使の役人との交渉、新政府への屈服と自尊のはざまで揺れる士族たちの心理を、川の氾濫や吹雪といった北の自然の描写と重ねて丹念に追う。北海道当別出身の作者が、故郷の開拓の歴史に取材した作品で、刊行直後に作者は結核で世を去り、構想された続編は書かれなかった。
あらすじ
明治四年、戊辰戦争に敗れて禄を失った旧仙台藩の一門・伊達邦夷の家中四十余人は、西蝦夷の海辺シップに仮住まいしていたが、与えられた土地は痩せて作物が実らず、飢えが迫っていた。家老の阿賀妻謙は、松浦武四郎の地図を頼りに肥沃と噂されるトウベツの地を探すため、大野順平、戸田老人、玉目三郎らを連れて山へ分け入る。案内人の頼りなさに道を失いかけながらも、一行はついにトウベツ川を見いだすが、増水した川筋を下った玉目三郎はそのまま帰らず、溺れたのか逃げたのかも分からぬまま、若い妻が残される。阿賀妻は開拓使に出向いて土地の貸付を許され、家中は川沿いに倉庫を建て、木を伐り出して筏で流し、原野に道を切りひらいていく。仲間の死や女たちの嘆き、開拓使の役人との軋轢を経て、一筋の道がトウベツの原野に通じ、家中は大きなオンコ樹のもとに神々を祀って開通を祝う。だがそのころ、廃藩置県によって旧主と家臣の関係そのものが揺らぎはじめていた。邦夷と阿賀妻は郷里の岩ノ山へ戻って残る家臣の移住を募るが、旧臣たちの意見は割れ、新政府の世に従うべきだと説く者もいて、家中は容易にまとまらない。阿賀妻は東京の開拓使へ上って移住資金の貸付を嘆願し、屈辱を忍んで交渉を重ねる。一方、トウベツの開拓地では冬が訪れ、使いに出た若い高倉祐吉は吹雪の原野で道に迷い、同行の行商人を失いながら一人生き延びる。やがて春、雪解けで石狩川が氾濫するなか、二度目の移住者を乗せた船を待ちわびていた人々の前に、ついに郷里からの一行の姿が現れる。
登場人物
- 阿賀妻謙 伊達家の家老。移住計画の主事として土地探しと開拓使との交渉を担う
- 伊達邦夷 旧仙台藩の一門で、もとの岩ノ山城主。家臣団を率いて北海道へ移る
- 相田清祐 白髪の老臣で、もとの祐筆。家中の年長者として人々を支える
- 大野順平 大柄な家臣。土地の踏査に加わり、開拓の現場を率いる
- 玉目三郎 踏査に同行した家臣。移住に批判的な目を向けていた
- 高倉祐吉 家中の若者。開拓地で大人に交じって働く
- 堀盛 開拓使の役人(大主典)。阿賀妻らと開拓地の扱いをめぐって向き合う
冒頭部(原文より)
もはや日暮れであった。濶葉樹のすき間にちらついていた空は藍青に変り、重なった葉裏にも黒いかげが漂っていた。進んで行く渓谷にはいち早く宵闇がおとずれている。足もとの水は蹴立てられて白く泡立った。が、たちまち暗い流れとなって背後に遠ざかった。深い山気の静寂がひえびえと身肌に迫った。 ずいぶんと歩いたのである。道もない険岨な山を掻きわけて登り、水の音を聞いてこの谷に降りて来た。藪と木の根を伝い、岩をとび越えまた水の中を押し渡り、砂礫を踏みつけた。午食を使って間もなく、踏みぬいた草鞋を履きかえた。次第に狭ばまり細くなる流れを逆にさかのぼっていた。この尾根を越えてしまえば目ざしている土地に出ることが出来るであろう。出来るはずだ――と云うのであった。まだか、まだ来ぬのか――と彼らの心はどこか隅の方で叫んでいた。口には出さなかったが、脛から腰にかけての、この硬ばる疲労はどうすることも出来ないのである。
「石狩川」本庄陸男(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼女は叫んだ。 「あッ! 見えた、見えましたア――」と、うしろに向いて金切りごえをふり立てた。 砂丘のあちらに、待ちこがれた人々の姿が出没していた。 聚落はざわめき立った。彼らは走りだした。 ――日を数えて三十一日目であった。こちらは、あまりの予定ちがいに気ぬけしていたほど日が経っていた。それでも遂にやって来た。 二度と帰らない郷里の距離は遠かった。
「石狩川」本庄陸男(青空文庫)
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