石川欣一の生涯と代表作
山と煙草を愛した記者
- 生没
- 1895–1959
- 出身
- 東京都
- Wikipedia
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略歴
1895年(明治28年)、東京に生まれる。父は動物学者の石川千代松。東京帝国大学英文科からアメリカのプリンストン大学に移って卒業し、大阪毎日新聞社に入った。留学中、父の恩師で大森貝塚を発掘したモースに会っており、その縁からモースが明治初めの日本を記した『日本その日その日』を訳して1929年に刊行した。新聞記者としてはロンドン支局長や文化部長を務め、太平洋戦争中はマニラの新聞社に出向し、敗戦をルソン島の山中で迎えた体験を『比島投降記』に書いている。登山や煙草を愛し、軽妙な随筆も多い。戦後は毎日新聞社の出版局長などを務め、ハーシーの『ヒロシマ』の共訳や、ブルックス『アメリカ文学史』の翻訳で日本芸術院賞を受けた。1959年(昭和34年)、64歳で死去。
翻訳・現代語訳
- 日本その日その日 1929年(昭和4年)11月