岩野泡鳴の生涯と代表作
神秘的半獣主義
- 生没
- 1873–1920
- 出身
- 兵庫県
- 文学史
- 自然主義
- Wikipedia
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略歴
1873年(明治6年)、淡路島の洲本(現・兵庫県洲本市)に生まれる。本名は美衛。新体詩人として出発したのち評論に転じ、「神秘的半獣主義」を唱えて自然主義の理論的支柱の一人となった。描写の対象と作者を一体とみる一元描写論を提唱し、自らの乱脈な女性関係と事業の失敗をそのまま素材にした「泡鳴五部作」を書き継いだ。代表作「耽溺」は、生の本能をあるがままに肯定する泡鳴の思想を体現する作品として知られる。1920年(大正9年)、47歳で死去。詩人としても「悲恋悲歌」など複数の詩集を残し、自然主義小説へ進む前後を通じて表現の形を探った。「一元描写」は、作者と描かれる対象を切り離さず、生の経験に即して書こうとする考えである。小説だけでなく、詩・戯曲・評論を併せて読むことで、その文学観の広がりが見えてくる。
収録作品
- 耽溺 1909年(明治42年)9月