金子ふみ子の生涯と代表作
わたしはわたし自身を生きる
- 生没
- 1903–1926
- 出身
- 神奈川県
- Wikipedia
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略歴
1903年(明治36年)、神奈川県横浜に生まれる。父母が婚姻を届け出なかったため戸籍がないまま育ち、9歳で朝鮮の父方の親族に引き取られたが、そこでも虐待を受けた。16歳で日本に戻り、上京して新聞売りや女中をしながら学ぶうちに、社会主義や無政府主義の思想に触れる。朝鮮人の無政府主義者朴烈と出会って共に暮らし、思想団体を結成した。1923年の関東大震災の直後に朴烈とともに検束され、大逆罪で起訴されて1926年に死刑の判決を受ける。恩赦で無期懲役に減刑されたが、同年(大正15年)、宇都宮刑務所栃木支所で23歳で自ら命を絶った。獄中でつづった手記は、のちに『何が私をこうさせたか』として刊行された。
収録作品
- 何が私をこうさせたか 1931年(昭和6年)