何が私をこうさせたか(金子ふみ子)のあらすじ・登場人物
獄中で書いた半生の記録
- 社会
- 家族
- 文字数
- 191,602字
- 読了目安
- 約6時間23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 神奈川県
- 山梨県
- 静岡県
- 東京都
この作品について
関東大震災の直後に朴烈とともに検挙され、大逆罪で死刑判決を受けた(のち無期に減刑)金子文子が、獄中で書き残した手記。1926年(大正15年)に獄中で亡くなった後、1931年(昭和6年)に刊行された。予審判事の取り調べの場面を序に置き、無籍者として生まれた幼年時代、両親との別離、朝鮮の親族の家での苦しい少女時代、帰国後の郷里の山梨での日々、新聞売り子や女中奉公をしながら東京で学ぼうとした青春までを、飾らない口語体で率直につづる。題名の問いに、彼女は自分の半生を差し出すことで答えようとする。
あらすじ
大正十二年九月、大震災のあとの混乱のなかで検挙された私(金子ふみ子)は、予審廷で判事から原籍や生い立ちを問われる。手記はそこから幼い日へとさかのぼる。母の籍が父の戸籍に入っていなかったため、私は籍のない子として育ち、学校にも満足に通えなかった。横浜で暮らすうち、父は同居していた母の妹と親しくなって家を去り、母は次々に男を替え、私は母の実家に預けられたり、芸妓の口入屋へ売られかけたりしながら転々とする。やがて私は、朝鮮の芙江に住む父方の祖母と叔母の家・岩下家に引き取られるが、そこで待っていたのは、女中同然にこき使われ、食事を抜かれ、ことあるごとに打たれる日々だった。絶望して白川の淵に身を投げようとした私は、頭の上で鳴き出した蝉の声に、山や木や花との別れを惜しむ心が湧き、死の閾から引き返す。足かけ七年ののちに日本へ帰された私は、山梨の母の実家、浜松の父のもと、大叔父の家を経て、独り東京へ出る。新聞の売り子、露店商、女中奉公をしながら学校に通い、社会主義やさまざまな思想にふれ、多くの人々に失望しながらも、自分の頭で考え自分の足で立とうとする。そして私は、同じように虐げられて生きてきた朝鮮の青年・朴烈と出会い、ともに生きともに死のうと心に誓う。手記の後書きで私は、これから先のことを書く自由はないと記し、何が私をこうさせたかは、この記録によって読者が知ってくれるだろうと結ぶ。
登場人物
- 金子ふみ子(私) 手記の書き手。無籍者として生まれ、過酷な少女時代を経て東京で学ぼうとする
- 父 ふみ子を籍に入れず、母のもとを去る
- 母 生活に追われ、男を替えながらふみ子を育てる
- 祖母と叔母(岩下家) 朝鮮の芙江に住む父方の親族。ふみ子を引き取るが冷たく扱う
- 朴 ふみ子が東京で出会う朝鮮人の青年
冒頭部(原文より)
大正十二年九月一日、午前十一時五十八分。突如、帝都東京を載せた関東地方が大地の底から激動し始めた。家々はめりめりと唸りを立て、歪められ、倒され、人々はその家の下に生き埋めにせられ、辛うじて遁れ出たものも狂犬のように吠えまわり走りまわり、かくて一瞬の間に文明の楽園は阿鼻叫喚の巷と化してしまった。
「何が私をこうさせたか」金子ふみ子(青空文庫)
末尾部(原文より)
何が私をこうさせたか。私自身何もこれについては語らないであろう。私はただ、私の半生の歴史をここにひろげればよかったのだ。心ある読者は、この記録によって充分これを知ってくれるであろう。私はそれを信じる。 間もなく私は、この世から私の存在をかき消されるであろう。しかし一切の現象は現象としては滅しても永遠の実在の中に存続するものと私は思っている。 私は今平静な冷やかな心でこの粗雑な記録の筆を擱く。私の愛するすべてのものの上に祝福あれ!
「何が私をこうさせたか」金子ふみ子(青空文庫)
原文を読む
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