杉垣(宮本百合子)のあらすじ・登場人物
時代の波間に暮らす若い夫婦
- 家族
- 社会
- 文字数
- 15,051字
- 読了目安
- 約30分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
宮本百合子が1939年(昭和14年)11月の「中央公論」に発表した短編。杉垣の並ぶ東京郊外の借家に暮らす若い夫婦、東洋経済の調査部員小柳慎一と、少年小説の翻訳をしている妻峯子が主人公である。物語は、峯子の実家から帰る夜更け、終バスを逃した二人が幼い娘を抱いて月夜の道を歩くところから始まり、峯子の長兄が慎一に満州の新興会社の職を勧めた話が二人の間にのぼる。時勢に乗って立身する者が目立ちはじめた時代に、居据わって暮らす勤め人の心持ちと、夫婦の細やかな心の通い合いを、落ち着いた筆致で描く。出征した同僚や、戦地から帰還した友人の夫など、周囲の人々の姿も織り込まれる。
あらすじ
東洋経済の調査部員小柳慎一と妻の峯子は、峯子の実家からの帰り、終バスを逃して幼い娘照子を抱き、月夜の道を歩いて帰る。二十歳ほど年の離れた峯子の長兄鴻造が、軍関係の便宜も絡めて、満州に本社を置く新興の製鋼会社の職を慎一に勧めたのである。以前にも国外で語学を生かす仕事を持ちかけられ、荒仕事には向かないと断った慎一だったが、今度は話を重く受け止めているようで、峯子はかすかな不安を覚える。
昼休み、慎一は函館から上京した学友の飯島が、北海道の貝柱を買い占めて一儲けすると意気込むのを聞き、時勢に乗って動く者と、その場に居据わる勤め人たちの心の揺れを見つめる。峯子は、中支から帰還して人が変わった夫に子を望まれて悩む友人琴子の話を聞く。かつて慎一が出征を覚悟したころ、峯子は夜ごと代々木練兵場から響く音に目を覚まし、眠る夫の胸をかばうように抱いた。その切なさから峯子は夫婦の日々を悔いなく生きようと心を決め、翻訳の仕事を始めたのだった。
日曜日、知人から十年年賦で集合住宅を建てる誘いの手紙が届くが、明日にも変わるかもしれない暮らしを思う二人は乗る気になれない。峯子は兄の話について、ひとりで決めてしまわないでほしい、臆面もなくえらくなるのは自分たちの姿としていやだと慎一に頼む。
登場人物
- 小柳慎一 東洋経済の調査部員。語学に通じた三十過ぎの穏やかな勤め人
- 峯子 慎一の妻。専門学校を出て、少年小説の翻訳をしている
- 照子 二人の幼い娘
- 鴻造 峯子の二十歳ほど年上の長兄。慎一に職の世話をしようとする
- 飯島 慎一の学友。函館の商館に勤め、貝柱の買い占めを夢見る
- 琴子 峯子の同級生。帰還した夫山崎との間に子がないことに悩む
冒頭部(原文より)
電気時計が三十分ちかくもおくれていたのを知らなかったものだから、二人が省線の駅で降りた時分は、とうにバスがなくなっていた。
「杉垣」宮本百合子(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お兄さん、この頃一生の方針がお得意だけれど、それにしろ、いろんな立てかたがあると思うのよ。そうでしょう? 臆面もなくえらくなったりするの、私、何だかいやなの、自分たちの姿としてみても。――お願いね」 峯子の云いかたは素朴だが、臆面なくえらくなるという巧まない表現のうちに、周囲の現実を直観しての或るものが語られているのであった。
「杉垣」宮本百合子(青空文庫)
原文を読む
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