生爪を剥ぐ(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物
背に子を負って警察へ
- 社会
- 家族
- 文字数
- 4,089字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1927年(昭和2年)、「不同調」に発表された短編。争議のさなかにある工場を望むバラック街で、労働運動の指導者・吉田のもとへ、夏の夜明け前に高等係の刑事が現れる。妻は三人目の出産で施療病室におり、家には病んだ老母と四つになる長男、そして二十銭しかない。連行されれば長くなることは分かっている——それでも「起て」と自分に言い聞かせる男の、家族と運動の板挟みを短く鋭く切り取った一編。
あらすじ
夏の夜の三時。プロレタリアの群居街は寝苦しさに蒸されている。運河の向こうでは大きな工場が灯を映し、モーターとベルトの合奏が続いている。吉田はその工場に対する作戦を練りながら、蚊帳の中で寝返りを打っていた。汗まみれで眠る四つの長男、腹を病んだまま子守を押しつけられている老母。妻は三人目の子を産むために県病院の施療病室にいる。一番いいのは自分が首を吊ることだ——そこまで考えて、彼は残される三人と、生まれてくる赤ん坊のことを思う。そこへ表から声がかかった。M署の高等係・中村が、署長の命令ですぐ来てほしいと言う。「直ぐに帰すからね」。決まり文句だと吉田は知っている。目を覚ました子が「行っちゃいやだよう」と首にしがみつく。この子は生まれた年から母の背に縛りつけられて、警察や裁判所や監獄の門をくぐってきたのだ。吉田は交替のピケが立つ六時まで粘り、毎朝寄るはずの依田を待った。だが依田は来ない。留守の家族を頼む走り書きを老母に託し、彼は子を兵児帯で背中に縛りつけて中村と家を出る。子は父に負ぶさった嬉しさで、片言の歌をうたいながら手足をピョンピョンさせていた。
登場人物
- 吉田 争議のさなかにある労働運動の指導者。妻の入院中、病む老母と幼子を抱えている
- 長男 四つになる吉田の子。生まれた年から親の背で警察や監獄の門をくぐってきた
- 中村 M署の高等係。夜明け前に吉田を迎えに来て、「直ぐに帰す」と繰り返す
- 老母 腹を病んだまま孫の守をしている吉田の母
冒頭部(原文より)
夏の夜の、払暁に間もない三時頃であった。星は空一杯で輝いていた。 寝苦しい、麹室のようなムンムンする、プロレタリアの群居街でも、すっかりシーンと眠っていた。 その時刻には、誰だって眠っていなければならない筈であった。若し、そんな時分に眠っていない者があるなら、それは決して健康な者ではない。又、健康なものでも、健康を失うに違いない。 だが、その(時刻)は眠る時刻であったが、(時代)は健康を失っていた。
「生爪を剥ぐ」葉山嘉樹(青空文庫)
末尾部(原文より)
が、吉田はすべての感情を押し堪えて、子供を背中に兵児帯で固く縛りつけて、高等係中村と家を出た。 子供は、早朝の爽やかな空気の中で、殊に父に負ぶさっていると云う意識の下に、片言で歌を唄いながら、手足をピョンピョンさせた。
「生爪を剥ぐ」葉山嘉樹(青空文庫)
原文を読む
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