アプリで読む

無料・登録不要

セメント樽の中の手紙(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物

樽の底から見つかった手紙

  • 社会

葉山嘉樹 1926年(昭和元年)1月 「文芸戦線」

文字数
2,539字
読了目安
約5分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 岐阜県

この作品について

プロレタリア文学の作家・葉山嘉樹が1926年(大正15年)、「文芸戦線」に発表した短編。木曾川の発電所建設現場でセメント樽を空ける労働者・松戸与三が、樽の中から一通の手紙を見つける。過酷な労働と、その底にある人間の悲しみを、鋭く胸を打つ筆致で描いた、プロレタリア文学の代表的短編である。

あらすじ

松戸与三は、恵那山を望む木曾川の発電所建設現場で、一日じゅうセメント樽を空ける仕事をしていた。頭も鼻の下も灰色に蔽われ、十一時間のあいだ鼻を掃除する暇もない過酷な労働。仕舞い時分、彼が空けたセメント樽から、小さな木の箱が出てきた。長屋への帰り道、一杯やることばかり考えていた彼は、ふと腹かけに放り込んだその箱を思い出す。石に打ちつけて壊すと、中からボロに包まれた一通の手紙が出てきた——。「私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です」。書き手は、破砕機に石を入れる仕事をしていた恋人を、事故で失ったばかりの女だった。恋人は大きな石と一緒にクラッシャーの中へ落ち、石と砕け合って赤い細い石になり、粉々に砕かれ、焼かれて、立派なセメントになってしまった。骨も肉も魂も、すべてがセメントに——。彼女は、恋人の仕事着のボロで手紙を包み、その樽の中へ忍ばせたのだった。「私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません」「あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい」。手紙を読み終えた与三は、湧きかえるような子供たちの騒ぎのなか、酒を一息にあおって怒鳴る。「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」。「子供たちをどうします」と細君が言う。彼は、細君の大きな腹の中に、七人目の子供を見た——。労働者の過酷な現実と、その底にある人間の悲しみを鋭く描いた、プロレタリア文学の名短編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。

「セメント樽の中の手紙」葉山嘉樹(青空文庫)

末尾部(原文より)

「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。 「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」  細君がそう云った。  彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。

「セメント樽の中の手紙」葉山嘉樹(青空文庫)

名文

あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。

セメント樽から出てきた手紙の結び。恋人を破砕機に奪われた娘の問いかけが、樽を開けた労働者と読者に直に突き刺さる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品