毒草(江戸川乱歩)のあらすじ・登場人物
一本の草が呼ぶ恐怖
- 心理
- 社会
- 文字数
- 4,692字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
「探偵文藝」1926年1月号に発表された短編。秋の広っぱで、語り手が友人に、ある雑草の昔の用途を得意になって語ったことから、近所の貧しい郵便配達夫の妻の様子が気になり出す。身近な貧困と産児制限の議論を背景に、自分の言葉が何をもたらしたのかという恐れと、肩すかしのような結末を、語り手の内面から描く。
あらすじ
よく晴れた秋の日、語り手は友人と近所の広っぱを散歩し、小川の岸に生える植物を、昔は堕胎の薬に使われたものだと得意になって説明する。話は産児制限論に移り、語り手は裏に住む貧しい老郵便配達夫一家を引き合いに出す。夕暮れ、立ち上がった語り手は、丘の上にその郵便配達夫の身重の妻が立っているのを見つける。話を残らず聞かれていたに違いないと気づき、語り手は殺人でも犯したような恐怖に襲われる。もう一度丘へ行くと、植物の茎が一本折り取られていた。数日後、路地で出会った妻の腹は平らになっていた。ところが一月ほどして、語り手は祖母と女中の立ち話を耳にする。町内で三人も続けて流産があったので、今月は流れ月なのだというのである。語り手は肩の荷が下りたように感じ、もう一度丘へ行ってみると、植物はどれも半分ほどで折り取られていた。それが子供たちのいたずらなのか、そうでないのか、語り手は今も知らない。
登場人物
- 私 語り手。近所の広っぱを散歩する青年
- 郵便配達夫の妻 六人の子を抱えて、また身ごもった貧しい四十女
冒頭部(原文より)
よく晴れた秋の一日であった。仲のよい友達が訪ねて来て、一しきり話がはずんだあとで、「気持のいい天気じゃないか。どうだ、そこいらを少し歩こうか」ということになって、私とその友達とは、私の家は場末にあったので、近くの広っぱへと散歩に出掛けたことであった。 雑草の生い茂った広っぱには、昼間でも秋の虫がチロチロと鳴いていた。草の中を一尺ばかりの小川が流れていたりした。所々には小高い丘もあった。私達はとある丘の中腹に腰をおろして、一点の雲もなくすみ渡っている空を眺めたり、或は又、すぐ足の下に流れている、溝の様な小川や、その岸に生えている様々の、見れば見る程、無数の種類の、小さい雑草を眺めたり、そして「アア秋だなあ」とため息をついて見たり、長い間一つ所にじっとしていたものである。
「毒草」江戸川乱歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
その日もよく晴れた、小春日和であった。奥底の知れない青空を、何鳥であろう、伸々と円を描いて飛んでいた。私は少しもまごつかずに例の植物を探し出すことが出来た。だが、これはまあ、何ということだ。その植物は、どの茎もどの茎も、皆半分位の所から折り取られて、見るも無慙なむくろを暴していたではないか。 それは近所のいたずら小僧共の仕業であったかも知れない。又、そうでなかったかも知れない。私はいまだに何れであるかを知らないのである。
「毒草」江戸川乱歩(青空文庫)
原文を読む
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