冬(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
刑務所で待たされた一日
- 心理
- 社会
- 文字数
- 5,724字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
芥川龍之介の短編。刑務所に入った従兄を、親戚総代として市ヶ谷の刑務所に見舞いに行った「僕」の一日を、冷えた控室での長い待ち時間を中心に描く。末尾の日付は昭和2(1927)年6月。冬の寒さと待たされる苛立ち、従兄の家に集まる人々の温度差が、淡々とした筆致で並べられていく。
あらすじ
冬、「僕」は親戚総代として、収監された従兄に面会するため市ヶ谷の刑務所へ行く。控室は火の気がなく寒く、看守は何度尋ねても答えず、朝十時に着いた「僕」は夕方六時になってやっと面会室に通される。ガラス窓の向こうの従兄は、思ったより変わりなく、事件は冤罪だと伝言する。両隣の面会室では、兄に会いに来た娘の泣き声と、会わずにいるときのほうが思い出すことが多いと話す老人の声が聞こえる。夕暮れの電車で従兄の家に着いた「僕」は、従姉や従兄の弟と今後の始末を相談する。窓の外には、町の青年団が「T君万歳」と叫びながら集まっている。それから何年かたち、従兄の初七日が過ぎた寒い夜、「僕」は従姉と、薄荷パイプの話だけをして向き合っている。
冒頭部(原文より)
僕は重い外套にアストラカンの帽をかぶり、市ヶ谷の刑務所へ歩いて行った。僕の従兄は四五日前にそこの刑務所にはいっていた。僕は従兄を慰める親戚総代にほかならなかった。が、僕の気もちの中には刑務所に対する好奇心もまじっていることは確かだった。 二月に近い往来は売出しの旗などの残っていたものの、どこの町全体も冬枯れていた。僕は坂を登りながら、僕自身も肉体的にしみじみ疲れていることを感じた。僕の叔父は去年の十一月に喉頭癌のために故人になっていた。それから僕の遠縁の少年はこの正月に家出していた。それから――しかし従兄の収監は僕には何よりも打撃だった。僕は従兄の弟と一しょに最も僕には縁の遠い交渉を重ねなければならなかった。のみならずそれ等の事件にからまる親戚同志の感情上の問題は東京に生まれた人々以外に通じ悪いこだわりを生じ勝ちだった。僕は従兄と面会した上、ともかくどこかに一週間でも静養したいと思わずにはいられなかった。………
「冬」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
それからもう何年かたった、ある寒さの厳しい夜、僕は従兄の家の茶の間に近頃始めた薄荷パイプを啣え、従姉と差し向いに話していた。初七日を越した家の中は気味の悪いほどもの静かだった。従兄の白木の位牌の前には燈心が一本火を澄ましていた。そのまた位牌を据えた机の前には娘たちが二人夜着をかぶっていた。僕はめっきり年をとった従姉の顔を眺めながら、ふとあの僕を苦しめた一日の出来事を思い出した。しかし僕の口に出したのはこう云う当り前の言葉だけだった。 「薄荷パイプを吸っていると、余計寒さも身にしみるようだね。」 「そうお、あたしも手足が冷えてね。」 従姉は余り気のないように長火鉢の炭などを直していた。………
「冬」芥川龍之介(青空文庫)
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