アプリで読む

無料・登録不要

死刑囚最後の日(ユゴー)のあらすじ・登場人物

独房でつづる最期の手記

  • 社会
  • 心理
  • 翻訳

ユゴー 訳者 豊島与志雄 1928年(昭和3年)3月

文字数
80,952字
読了目安
約2時間42分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

『レ・ミゼラブル』の作者ヴィクトル・ユゴーが1829年、作者名を伏せて刊行した中編小説を、豊島与志雄が訳したもの。豊島訳は1928年(昭和3年)に新潮社の「世界文学全集」第14巻に収められ、のちに岩波文庫に入った。死刑の判決を受けた一人の男が、ビセートル監獄の独房で、刑の執行を待ちながら心に浮かぶことを書きとめていく手記の形をとる。男の名も罪の中身もほとんど語られず、法廷の光景、徒刑囚たちの出発、看守や司祭とのやりとり、残してきた幼い娘への思いが、一人称の切迫した文章でつづられる。巻末には、作者が死刑廃止を正面から訴えた1832年の長い序文が付されている。

あらすじ

八月のある朝、重罪裁判所で死刑の判決を受けた「私」は、ビセートル監獄の独房に移され、残された日々を書きとめはじめる。窓の下では、鎖につながれて徒刑場へ送られる囚人たちの群れが、見物人の前を出発していく。私は彼らが受ける辱めを目にして、自分の運命を思い知る。若いころの記憶、恋した少女の思い出、母と妻と三歳の娘マリーへの気がかり、壁に刻まれた先人たちの名前が、とりとめもなく胸をよぎる。上告は棄却され、執行の日の朝、私はパリのコンシエルジュリーへ移される。そこで出会った年老いた徒刑囚に上着を奪われ、交替した憲兵には、死んだら宝くじの当たり番号を知らせに来てくれと頼まれる。司祭の言葉は心に届かず、私は自分の罪の重さよりも、刻一刻と近づく時の恐ろしさにさいなまれる。最後に娘マリーが面会に連れてこられるが、一年近く会わなかった娘は父の顔を忘れており、「おじちゃま」と呼んで、父は死んだと無邪気に言う。絶望のなかで私は髪を刈られ、荷馬車に乗せられて、雨の中を群衆の見守る刑場へ運ばれていく。市庁舎の一室で最後に赦免を乞うが聞き入れられず、執行の時刻が迫る。「四時!」という一語で手記は途切れる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 死刑囚!  もう五週間のあいだ、私はその考えと一緒に住み、いつもそれと二人きりでおり、いつもその面前に凍えあがり、いつもその重みの下に背を屈めている。  昔は、というのもこのいく週かがいく年ものように思われるからであるが、昔は私も他の人々と同じように一人前の人間だった。どの日にも、どの時間にも、どの分秒にも、それぞれの思いがあった。私の精神は若くて豊かで、気まぐれな空想でいっぱいだった。そして楽しげにその一つ一つを、秩序もなく際限もなく、生活のあらい薄い布地を無尽蔵な唐草模様で飾りながら、つぎつぎにひろげて見せてくれた。若い娘、司教のきらびやかな法衣、たけなわな戦争、響きと光とに満ちてる芝居、それからなお若い娘、夜はマロニエの広い茂みの下のほの暗い散歩。私の想像の世界はいつもお祭りみたいだった。私は自分の望むものを何でも考えることができた。私は自由だった。  今は私は囚われの身である。私の体は監獄の中に鉄鎖に繋がれており、私の精神は一つの観念の中に監禁されている。恐ろしい、血なまぐさい、一徹な観念だ。私はもう一つの考えしかもたず、一つの確信しか持たず、一つの確実さしか持っていない、すなわち、死刑囚!

「死刑囚最後の日」ユゴー(青空文庫)

末尾部(原文より)

「どうぞ御慈悲に、一分間私の赦免の来るのを待ってみてください。さもなくば、私は抵抗します、かみつきます!」  裁判官と死刑執行人とは出ていった。私はひとりきりだ。――二人の憲兵と一緒なだけだ。  おお、山犬のように叫び声をたててる恐ろしい群集!――わかるものか、私が彼らから遁れられないかどうか、私が助からないかどうか、私の赦免が……。私が赦免されないということがあるものか。  ああ、あいつら、階段をのぼってくるようだ……。  四時!

「死刑囚最後の日」ユゴー(青空文庫)

名文

もう五週間のあいだ、私はその考えと一緒に住み、いつもそれと二人きりでおり、いつもその面前に凍えあがり、いつもその重みの下に背を屈めている。

「死刑囚!」の叫びに続く書き出し。死刑判決を受けた男が獄中で書く手記の形で、死を宣告された意識の重さが語られる。

私は何かの書物の中で読んだのであるが、ためになることはただそれだけだったのを覚えている。すなわち、人はみな不定期の猶予つきで死刑に処せられている。

死刑囚が自分の境遇を一般の人間と比べて考える一節。人はみな死を待つ身だという言葉を引きつつ、なお消えない差を見つめる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品