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乳色の靄(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物

靄の向うに光が見えている

  • 社会
  • 心理

葉山嘉樹 1926年(昭和元年)12月 「新潮」

文字数
10,805字
読了目安
約22分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1926年(大正15年)、「新潮」に発表された短編。四十年来の暑さのなか、大地主を樫の閂で殴って逃走中の男が、下関行きの列車に紛れ込む。変装も尾行の見分けも自在な、筋金入りの一匹狼。ところが同じ三等車で、網棚から兵児帯を吊って眠る十七、八の少年に出くわし、まったく歯が立たない。少年は労働争議のさなかにあり、一人ひとりに刑事がつくのを承知で仲間と乗り込んでいた。個人の復讐しか知らない男の前に、組織された若者たちがまるで理解できない「光」として現れる一編。

あらすじ

四十年来の暑さだと気象台が発表した夏。「彼」は駅の三等待合室で、私服の刑事たちを一人ずつ値踏みしていた。靴で、眼鏡で、ズボンの生地で見抜く。改札の人混みに紛れる一瞬で麦藁帽をかぶり、口髭を貼り、夏羽織を羽織って別人になる——変装も逃走も職業のうちだった。新聞はどれも「棍棒強盗」と書いている。この地方切っての辣腕家で、小作人組合の主だった者を片端から刑務所へ送り込んだ大地主・本田富次郎の脳天を、樫の閂で叩き割ったのは「彼」だった。青年団も消防組も動員した捜索は、足跡ほどの証拠も上げられずにいる。ところが、食堂車でビールを飲んで座席へ戻ると、置いてきたバスケットが少年の足に踏まれていた。「じゃ、お前のかい?」——十七、八の少年は、四十の男と同年配のような口をきき、この車にはスパイが二十人乗っている、俺たち一人ずつに一人ついているのだと言ってのける。労働争議に向かう途中だという少年の眼の光が、「彼」にはどうしても読めない。深夜の駅に警官が四、五十人。捕縄もかけられぬまま、三、四十人の群れが罵り合いながら小荷物口へ押されていく。その渦のただ中で、少年が受渡台に飛び上がって叫んだ。「同志! 突破しろ……」。逃げろ、ではなく突破しろ、と。走り出した汽車の中で、「彼」の頭はもう一仕事のことではなく、あの小僧のことでいっぱいになっていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 四十年来の暑さだ、と、中央気象台では発表した。四十年に一度の暑さの中を政界の巨星連が右往左往した。  スペインや、イタリーでは、ナポレオンの方を向いて、政界が退進した。  赤石山の、てっぺんへ、寝台へ寝たまま持ち上げられた、胃袋の形をしたフェットがあった。  時代は賑かであった。新聞は眩しいほど、それ等の事を並べたてた。

「乳色の靄」葉山嘉樹(青空文庫)

末尾部(原文より)

(訳の分らねえ小僧たちだよ、奴等は俺たちとは異った眼を持ってやがるんだよ。無気味な、末恐しい小僧たちだよ。そのくせ、いやに明けっ放しでいやがる。全で、良い事でもしてるような調子だよ。俺にゃ、残念だが解らねえよ。怪我のねえようにやって呉れ)  汽車は走り続けた。  彼は、警官の密集を利用しようとする、本能的な且つ職業的な彼一流の計画を忘れて、その小僧っ子に、いつか全幅の考えを奪われてしまった。

「乳色の靄」葉山嘉樹(青空文庫)

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