労働者の居ない船(葉山嘉樹)のあらすじ・登場人物
働く者が消えた船は漂う
- 社会
- 文字数
- 9,095字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1926年(大正15年)、「解放」に発表された短編。羅針盤は狂い、船底は海水が浸みるほど腐り、それでも船舶好況に押されて航海を続ける老朽貨物船・第三金時丸を舞台にする。マニラからの帰航中にコレラが発生すると、船長は病人と死体を船首の空気室(フォアピーク)へ放り込めと命じた。十五呎の底へは「勝手に」飛び下りるほかない——。人間を消耗品として扱った船に何が残るのかを、皮肉と怒りをこめて突きつける、船員体験に根ざした一編。
あらすじ
第三金時丸は、羅針盤が狂って左右も定まらず、槌で叩けば船腹に穴があくほど腐った船だった。それでも戦争景気に押されて動き続け、瀬戸内海を酔漢のように横行する。三池港で石炭を満載し、マニラへ。荷を替えて帰航の途につくと、水夫の一人が甲板の熱で倒れたように苦しみ始めた。仲間は「電気ブランでも飲んだんだろう」と笑って寝床へ放り込む。だがその腹で暴れていたのはコレラ菌だった。彼は暗い水夫室の格子床の上で、誰にも看取られずに息絶える。夕飯の支度に入ってきた水夫見習が、ロープと思って踏みつけたのが仲間の骸だった。翌日の水葬を待つ夜、さらに水夫と火夫が倒れる。コレラと知った船長は、病人も死体もフォアピークへ入れろと命じた。だが縄梯子でしか降りられないその底へは、病人が自分で飛び下りるほかない。「俺は癒るんだ」「生きてる間丈け、娑婆に置いて呉れ」——手を合わせて頼む水夫を、仲間たちは憐れみと憤りに揺さぶられながら見送る。十七人の労働者と四人の乗組員が「勝手に」飛び込み、船に残ったのは高級船員六人と水夫二人、火夫一人。機関長が石炭をくべ、船長みずから舵を振っても、船はもう動かなかった。
登場人物
- 安田 最初にコレラで倒れる水夫。水夫室の格子床の上で誰にも看取られず死ぬ
- 水夫見習 夕飯の支度に入り、暗がりで仲間の骸を踏んでしまう若者
- ボースン(水夫長) 仲間の死を最初は酔い潰れと取り合わない下級船員の頭
- 船長 病人も死体もフォアピークへ放り込めと命じる第三金時丸の責任者
冒頭部(原文より)
こう云う船だった。 北海道から、横浜へ向って航行する時は、金華山の燈台は、どうしたって右舷に見なければならない。 第三金時丸――強そうな名前だ――は、三十分前に、金華山の燈台を右に見て通った。 海は中どころだった。凪いでると云うんでもないし、暴化てる訳でもなかった。 三十分後に第三金時丸の舵手は、左に燈台を見た。
「労働者の居ない船」葉山嘉樹(青空文庫)
末尾部(原文より)
やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじゃ船が動く道理がない」と、船会社の社長が言った半馬鹿、半狂人の船長と、木乃伊のような労働者と、多くの腐った屍とがあった。
「労働者の居ない船」葉山嘉樹(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。