文放古(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
拾った手紙は辛口だった
- 風刺
- 社会
- 文字数
- 4,106字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介の短編。日比谷公園のベンチの下で拾った「文放古」(書き損じの手紙)を、作者が写したという体裁をとっている。九州の田舎町に住む若い女が、東京の友人へ宛てて、退屈な暮らしや結婚話、日本の小説家への不満を一気に書き連ねる。その槍玉に作者自身が上がっていることから、前置きと結びで作者が反応を返す。「婦人公論」1924(大正13)年5月号に発表。
あらすじ
「わたし」は日比谷公園のベンチの下で、誰か若い女が別の若い女へ宛てた手紙を拾う。そこには「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ」と書かれていた。わたしはその論拠を確かめようと、手紙を一字も改めずに写す。手紙の主は九州の片田舎に暮らし、芝居も展覧会もない町の退屈さを嘆く。親戚は次々に結婚話を持ち込み、県会議員の長男、浪花節好きの電燈会社の技師、遊蕩児の従兄と、候補者は揃って彼女の趣味や教養に合わない。教育を受けるほど、教養の乏しい男を夫に選ぶのは難しくなるのに、自活の手段は与えられていない。この結婚難を書かない日本の小説家は無力だと彼女は攻撃し、芥川の『六の宮の姫君』は意気地のないお姫様を罵っているだけで不見識だと断じる。読み終えたわたしは、彼女を軽蔑しつつも同情に似た心持ちを覚え、手紙を机の抽斗へ放り込む。
冒頭部(原文より)
これは日比谷公園のベンチの下に落ちていた西洋紙に何枚かの文放古である。わたしはこの文放古を拾った時、わたし自身のポケットから落ちたものとばかり思っていた。が、後に出して見ると、誰か若い女へよこした、やはり誰か若い女の手紙だったことを発見した。わたしのこう云う文放古に好奇心を感じたのは勿論である。のみならず偶然目についた箇所は余人は知らずわたし自身には見逃しのならぬ一行だった。―― 「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ。」!
「文放古」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
この手紙を書いたどこかの女は一知半解のセンティメンタリストである。こう云う述懐をしているよりも、タイピストの学校へはいるために駆落ちを試みるに越したことはない。わたしは大莫迦と云われた代りに、勿論彼女を軽蔑した。しかしまた何か同情に似た心もちを感じたのも事実である。彼女は不平を重ねながら、しまいにはやはり電燈会社の技師か何かと結婚するであろう。結婚した後はいつのまにか世間並みの細君に変るであろう。浪花節にも耳を傾けるであろう。最勝寺の塔も忘れるであろう。豚のように子供を産みつづけ――わたしは机の抽斗の奥へばたりとこの文放古を抛りこんだ。そこにはわたし自身の夢も、古い何本かの手紙と一しょにそろそろもう色を黄ばませている。……
「文放古」芥川龍之介(青空文庫)
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