日本三文オペラ(武田麟太郎)のあらすじ・登場人物
浅草の安アパートの人間模様
- 社会
- 風刺
- 文字数
- 17,572字
- 読了目安
- 約35分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
武田麟太郎が1932年(昭和7年)、「中央公論」に発表した短編小説。浅草公園の裏手、廃寺の荒れた墓地に面して傾いて建つ三階建ての「あづまアパート」と、その屋上の物干台から揚がる広告軽気球を入口に、そこに住む人々の暮らしを次々に描いていく。高利貸しまがいの家主、カフェーの女給、遊廓の牛太郎の女房たち、恋に破れたコック、争議の指導者らが登場し、不景気の時代の都市の底辺を、乾いた皮肉をまじえて写し取る。作者が「市井事もの」と呼ばれる作風へ向かう転機となった作品である。
あらすじ
東京の空に浮かぶ広告軽気球の綱をたどって下りていくと、浅草公園の裏、廃寺の墓地に向かって傾いた三階建ての家の物干台に行き着く。家主の男は軽気球の代理人を務めるかたわら、周旋業や、新聞広告で客を集めて調査料をだまし取る金貸しなどを営み、この家を「あづまアパート」と称して貸している。安い家賃に引かれて住んでいるのは、浅草に職を持つ雑多な人々である。義太夫の寄席で知り合い、息子の家を飛び出して婆さんのもとへ転がり込んだ六十すぎの爺さん、浮気を繰り返しながら情婦の女給を疑わずにいられない色男、生まれて初めて知った女にだまされて女嫌いになった気の弱いコック、噂話に明け暮れる遊廓の牛太郎の女房たち。住人たちは家賃の値下げを家主に談判しようと相談するが、共同生活の訓練はなく、炊事場も風呂も汚れ放題である。やがて近くの映画館の争議を指導していた「白足袋の指導者」が部屋で眠り込み、越後から毒消し売りの少女たちがやって来るなか、家主はいつものように軽気球を下ろしに物干台へ上がる。
登場人物
- 主人 あづまアパートの家主。軽気球の代理人のほか、周旋業や怪しい金融を営む
- 爺さんと婆さん 三階に住む六十すぎの二人。寄席で知り合い、ともに暮らし始める
- 呉服物せり売りの桜 浮気を重ねながら、情婦の女給を疑う色男
- 四号室の女給 桜の情婦。苛立ちをレコードで紛らわせる
- コック 初めて知った女にだまされ、女嫌いになった男
- 白足袋の指導者 映画館の争議を指導する男
冒頭部(原文より)
白い雲。ぽつかり広告軽気球が二つ三つ空中に浮いてゐる。――東京の高層な石造建築の角度のうちに見られて、これらが陽の工合でキラキラと銀鼠色に光つてゐる有様は、近代的な都市風景だと人は云つてゐる。
「日本三文オペラ」武田麟太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
夕方、主人は広告軽気球を下すために物干台に昇つて来る。物干台は雨風に腐つて黒くなり、彼の歩くたびにギシギシと音を立てる。彼は一度、東の方に風で吹寄せられてゐる軽気球の方へ眼をやつてから、昨日まで争議のあつた映画常設館を眺める。そして下の荒れた墓地へ唾を吐いた。――物干台の下は指導者の部屋にあたつてゐるが、彼は昼前から眠つたまま、まださめない。夕刊の締切は云ふまでもなく、とつくにすぎ、もう配達もされてゐる。しかし、別に珍しい記事もなかつたやうである。――結局、白足袋の愛嬌ある指導者は、もう誰にも起されずに、いつまでも眠りつづけるのだらう。
「日本三文オペラ」武田麟太郎(青空文庫)
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