阿Q正伝(魯迅)のあらすじ・登場人物
負けてなお、精神的には勝っている
- 社会
- 風刺
- 翻訳
- 文字数
- 34,185字
- 読了目安
- 約1時間8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
中国近代文学の出発点に立つ魯迅の代表作(1921〜22年)を、井上紅梅が訳したもの。改造社版「魯迅全集」(1932年)に収められ、日本で初めて魯迅の短篇をまとめて紹介した訳業として知られる。姓も名も定かでない日雇いの男・阿Qが、負けても「精神的勝利法」で自分を勝者に仕立て直しながら生きる姿を、辛亥革命の時代を背景に描く。中国人の国民性への痛烈な批評として、また普遍的な人間喜劇として読み継がれてきた。
あらすじ
未荘の土穀祠に寝起きし、麦刈りや米つきの日雇いで食いつないでいる男がいた。姓も名も出身もはっきりせず、人は阿Qと呼ぶ。頭に瘡の跡があるのを笑われれば腹を立てるが、殴られたあとは「息子に殴られたようなものだ」と考えて機嫌を直す——負けを勝ちに読み替えるこの「精神的勝利法」が、彼の生きる術であった。趙家の旦那に殴られ、尼をからかい、女中に言い寄って村じゅうから追われ、城内へ出て盗品を売りさばいて一時は羽ぶりがよくなる。やがて辛亥革命の噂が未荘にも届くと、村の旦那衆が怯えるのを見て阿Qは「造反」に憧れ、自分も革命党だと吹聴しはじめる。しかし実際に辮髪を巻き上げて革命党を名乗ったのは、秀才と「にせ毛唐」たちだった。仲間に加えてもらえないまま、阿Qは趙家に押し入った強盗の罪をかぶせられて捕らえられる。訊問の意味も分からず、供述書のかわりに丸を書かされ、丸がうまく書けなかったことを気に病みながら引き回され、銃殺された。村の人々は口をそろえて「殺されたのは阿Qが悪い証拠だ」と言い、城内の人々は見物として面白くなかったと不満をもらした。
登場人物
- 阿Q 姓も名も定かでない日雇い。精神的勝利法で負けを勝ちに変える
- 趙太爺 未荘の旦那衆の一人。阿Qを殴りつける
- 小D 阿Qと仕事を争う若い男
- 呉媽 趙家の女中。阿Qの言い寄りが村じゅうの騒ぎになる
- にせ毛唐 留学帰りで革命党を名乗る男
冒頭部(原文より)
第一章 序 わたしは阿Qの正伝を作ろうとしたのは一年や二年のことではなかった。けれども作ろうとしながらまた考えなおした。これを見てもわたしは立言の人でないことが分る。従来不朽の筆は不朽の人を伝えるもので、人は文に依って伝えらる。つまり誰某は誰某に靠って伝えられるのであるから、次第にハッキリしなくなってくる。そうして阿Qを伝えることになると、思想の上に何か幽霊のようなものがあって結末があやふやになる。 それはそうとこの一篇の朽ち易い文章を作るために、わたしは筆を下すが早いか、いろいろの困難を感じた。第一は文章の名目であった。孔子様の被仰るには「名前が正しくないと話が脱線する」と。
「阿Q正伝」魯迅(青空文庫)
末尾部(原文より)
その次に影響を受けたのは趙家であった。秀才は城内へ行って訴え出ると、革命党の不良分子に辮子を剪られた上、二万文の懸賞金を損したので家じゅうで泣き叫んだ。その日から彼等の間にだんだん遺老気質が発生した。 輿論の方面からいうと未荘では異議が無かった。むろん阿Qが悪いと皆言った。ぴしゃりと殺されたのは阿Qが悪い証拠だ。悪くなければ銃殺されるはずが無い! しかし城内の輿論はかえって好くなかった。彼等の大多数は不満足であった。銃殺するのは首を斬るより見ごたえがない。その上なぜあんなに意気地のない死刑犯人だったろう。あんなに長い引廻しの中に歌の一つも唱わないで、せっかく跡に跟いて見たことが無駄骨になった。 (一九二一年十二月)
「阿Q正伝」魯迅(青空文庫)
名文
わたしは阿Qの正伝を作ろうとしたのは一年や二年のことではなかった。けれども作ろうとしながらまた考えなおした。
魯迅『阿Q正伝』の書き出し。名もない日雇い男の「正伝」を書くという、伝記の形式を借りた皮肉な語り口がここから始まる。
阿Qはしばらく佇んでいたが、心の中で思った。「乃公はつまり子供に打たれたんだ。今の世の中は全く成っていない……」そこで彼も満足し勝ち慢って立去る。
殴られても心の中で勝ったことにしてしまう、阿Qの「精神上の勝利法」を描く場面。本作を代表する、笑いと痛みの入りまじった一節。
阿Qは悟った。乃公は自ら軽んじ自ら賤しむことの出来る第一の人間だ。
「虫ケラ」と言わされても、すぐ自分を「第一の人間」に仕立て直す阿Q。負けを勝ちにすり替える精神のありようが、鋭い風刺として描かれる。
原文を読む
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