狂人日記(魯迅)のあらすじ・登場人物
人が人を食う歴史を暴く
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 8,265字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
中国近代文学の父・魯迅が1918年に発表した、最初の白話(口語)小説「狂人日記」を、日本に魯迅を最初にまとめて紹介した井上紅梅が訳したもの。1932年(昭和7年)刊の改造社『魯迅全集』所収。被害妄想の男の日記という形をとりながら、礼教の名のもとに人が人を食ってきた歴史を告発する、中国新文学の出発点となった作品である。
あらすじ
序によれば、語り手の中学時代の友人の弟が重い病にかかり、そのあいだに書いた二冊の日記があるという。病は被害妄想の類で、本人はいまは全快し、官吏候補として他郷へ赴任したと、友人は語る。日記の書き手は、ある月夜、道行く人々や子供たちまでが自分を見る目つきがおかしいことに気づく。やがて村の人々や医者、そして兄までが、自分を食おうとしていると思い詰める。歴史の書物をひもとくと、どの頁にも「仁義道徳」の文字が並ぶが、夜ふけに行間から読み取れたのは、「食人」の二字だった。兄は家を取り仕切るかたわら、幼くして死んだ妹の肉を、そっと料理に混ぜて家族に食わせたのではないか。そして自分もまた、知らぬままに妹の肉を口にしたかもしれない。四千年のあいだ人を食う歴史が続いてきたと知った書き手は、人を食わずにいる子供がまだいるかもしれないと思い、「子供を救え」と書きつける。
登場人物
- 狂人(日記の書き手) 被害妄想に陥り、周囲の人々が自分を食おうとしていると思い込む青年
- 兄 家を取り仕切る。書き手の目には、最も身近な「人を食う者」と映る
- 趙貴翁 町の人物。書き手をにらみつけ、不安をかき立てる
冒頭部(原文より)
某君兄弟数人はいずれもわたしの中学時代の友達で、久しく別れているうち便りも途絶えがちになった。先頃ふと大病に罹った者があると聞いて、故郷に帰る途中立寄ってみるとわずかに一人に会った。病気に罹ったのはその人の弟で、君がせっかく訪ねて来てくれたが、本人はもうスッカリ全快して官吏候補となり某地へ赴任したと語り、大笑いして二冊の日記を出した。これを見ると当時の病状がよくわかる。旧友諸君に献じてもいいというので、持ち帰って一読してみると、病気は迫害狂の類で、話がすこぶるこんがらがり、筋が通らず出鱈目が多い。
「狂人日記」魯迅(青空文庫)
末尾部(原文より)
四千年間、人食いの歴史があるとは、初めわたしは知らなかったが、今わかった。真の人間は見出し難い。 人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。 救えよ救え。子供……
「狂人日記」魯迅(青空文庫)
名文
わたしもそれを知らないのじゃないがハッキリ覚えていないので歴史を開けてみると、その歴史には年代がなく曲り歪んで、どの紙の上にも「仁道義徳」というような文字が書いてあった。ずっと睡らずに夜中まで見詰めていると、文字の間からようやく文字が見え出して来た。本一ぱいに書き詰めてあるのが「食人」の二字。
魯迅『狂人日記』でもっとも有名な一節。道徳を説く文字の行間に「食人」を読み取る狂人の目を通して、旧い社会を告発する。
四千年間、人食いの歴史があるとは、初めわたしは知らなかったが、今わかった。真の人間は見出し難い。
終わり近くの断章。自分もまたその歴史の中にいたと気づいた「わたし」の絶望が、短い言葉に凝縮されている。
人を食わずにいる子供は、あるいはあるかもしれない。
結びの断章の一文。この後に「救えよ救え。子供……」の叫びが続き、中国近代文学の出発点となった作品が未来への願いで閉じられる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。